2005年9月アーカイブ

肥満とガン(1)

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  −大腸がんの増加は肥満の増加−
   (脂肪過多とインシュリン抵抗性)

秋です。「柿が赤くなると、医者は青くなる」のことわざがあります。

暑い夏も過ぎ去り、過ごしやすい季節、体調も回復し健康体が
増えるので「柿の熟れる頃になると病人が少なくなり、医者が
暇になり、収入が少なく顔色が青ざめる」ということです。

「食欲の秋」「天高く馬肥える秋」です。元気ハツラツ食欲モリ
モリで、つい食べすぎその結果、馬だけではなく人間も肥え
ます。肥えるとは太ることです、すなわち肥満です。

肥満は一見ふくよかでリッチな感じがしますが、「健康」という
観点からは病気予備軍の中に包括されます。

高齢者ドライバー(1)

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  −運転経験の長さから来る問題点−
  (認知力、判断力、車操作力の低下)


警察庁は今月10日(2005年8月)に警察白書を公表し、
道路交通の安全特集の中で、特に高齢運転者についての
運転のあり方と、意識調査をまとめています。

交通事故での死者はここ数年減少傾向で、1970年の
16765人をピークに、昨年は7358人と減っていますが、
交通事故そのものは減ってはいません。約95万件以上で、
その中で増えているのが高齢者運転事故のようです。

高齢者を何歳からとするか、いろいろ論議があるようですが、
警察庁は70歳以上の免許証更新者には、動体視力の検査を
はじめ、交通法規などの再確認の受講が義務付けられます
から、70歳以上を高齢者といっていいでしょう。

ところでこの70歳以上の高齢者のほとんどが、運転には自信が
あり、事故を起こす心配は無いと思っています。

それだから、警察庁の調べに対しても、85%の人は免許証を
返納する考えがないと答えています。

本当はこれが一番の問題で、高齢者の家族や、壮年ドライバー
からは、何とかして高齢者の運転免許証に、ある一定の規制を
設けて欲しいとの意見があるようです。ことに家族の心配は、
その高齢者と毎日接し、日常生活の頼りなさを知っている
だけに、その心配も良くわかります。

ところが、高齢者が持っている社会生活の長さと、運転経歴の
豊富さが返って仇になり「俺はまだ年寄りではない」「昔からの
経験が」「充分注意をしてるから安全」など、経験から来る
過信が、そこに生まれているようです。まして歳をとって乱暴な
運転をしない、非常に注意深く運転しているので事故は無い
との思い込みも強いです。

家族や傍の人々から見ると、危ないと思われる運転も、高齢者
自身は「若い頃と変わりなく、熟年ドライバーとして、今のほうが
気をつけている」との思いから、余計な心配をするナーになります。

ご承知の通り、車の運転は「認知、判断、操作」の連続です。
「認知」とは道路上や、駐車場などの状況の把握です。それも
瞬間的に認知し、状況に応じ即座にどうしたらいいのかの
「判断」を下し、それに基づいて車を「操作」します。

ところが、70歳以上のドライバーの認知能力の低下が多くの
事故を引き起こす原因になっているようです。たとえばあるテストの
報告によりますと、高齢者の認知の遅れが著しくあるとの結果が
示されました。

高速道路などにある「道路案内標識」の案内標識を認知し、
それを判読しその後の操作に入る距離をテストしますと、
2−30代では120メートル地点で行われるのに対し、
7−80才代では、60メートル地点でようやく行われ、認知、
判断、操作まで約2倍かかるとの実験があります。
(国土交通省その他調査)

認知度は視力とも関係しますが、認知してから判断し、それを
運転操作に移っていく反応時間が、若い人より倍かかることに
なります。

よく交差点の事故で、右折車と直進車との出会いがしらの
事故があります。この事故が65歳以上に多いといわれてます。
これは一瞬の状況認知判断の誤認から生まれることが多く、
ことに認知の欠如によるものが多いようです。

警察庁の資料でも、操作のミスは8%ぐらいで、認知欠如が
73%と多いといっています。

「気がついたらそこに相手の車があった」とか「隣にバイクが
走っていたのが気がつかなかった」「信号をつい見落として」
「バックミラーを見ていたので追突した」などなど。

さらに加えれば「充分大丈夫と思ったから」「自分の運転
技術なら」と、運転暦が長いほど認知の欠如の認識は、
意識下にはございません。

ある県で、高齢者講習会ならびに、違反者講習会で「自分の
運転技能なら、充分危険を回避できるか」の問いかけに、
65歳以下のドライバーでは、肯定的回答が20%以下で
あったが、65歳−70歳で約30%、70−74歳で46%、
それが75歳以上ですと52.5%の人が大丈夫と肯定的回答が
増えています。

これは運転に対しての自信でしょうし、無茶なことをしない安全
運転を心がけているので大丈夫との気持ちの現れです。
しかしこの自信は、ご自分の運動反応能力の低下は、意識の
中には入っていません、能力低下と自信過剰の間に、大分
ずれがあることを、本人が気がついていないところに問題の
深さがあるかもわかりません。

もしそうとしたら怖いことです。くわばら、クワバラ。

このようなことを書いている私も、高齢者ドライバーの立派な
仲間です。それだけに、書きながら自分に当てはめ、高齢者の
運転に対する、心理と心構え、マナーと注意点と、車社会の
中での生活など、高齢者だからといって排除の論理だけで
片付けられない事情や問題もあるような気がします。

これらさまざまな事柄を、考えてみたいと思います。

    
  −運転を続ける人、やめる人の理由−
    (免許証を持ち続けたい心情)


「運転免許証を警察署に返上した」私の友人の一人は、
73歳の誕生日を迎え、あらたに免許証更新の手続き前に、
自動車運転を取りやめる決断をしました。

何十年と馴染んだ車運転との決別は、かなり勇気のいること
だったと思います。

「どうして運転をやめるの」「免許証だけ更新しておけばよかった
のに」この質問に彼は明快に答えを出しました。

「運転をしないのに、免許証だけ持っていても意味が無い」

「当然車も処分した。車検も近かったから」

「車を使って、用事をすることが少なくなった」

「体力が落ち、運転すると疲れるようになったし、運転技術も
低下した」

「経済的にも負担が少なくなる」

「家族からも、危ないから運転をやめるよう要求された」

「警察から、免許証を持っていた証明書をもらった、これが
身分証明にも使うことが出来る」

普通、高齢者は運転をしなくなっても、免許証を更新して持ち
続ける場合が多いです。更新時の適性検査で不合格と
判定されない限り、自分から返上する人は少ないでしょう。

その訳は、せっかく苦労して手に入れた免許証、たやすく手放す
気になれませんし、免許証を持っていることがアイデンティテー、
身分保障にも繋がると思う人も多いからです。

まして70歳以上のドライバーは、昭和20年後半から40年
前半に免許証を取得した人たちが多いはずです。その頃職業
運転手は別として、一般の人が免許証を持ち、さらに車まで
持っていることは、社会的にも一種のステータスで自慢でした。

それだけに運転免許証に対する思い入れも強いです。なかなか
免許証を手放しません。

さらに何かの機会に、運転をする事態になった時の用心のため、
と言う人も居るでしょう。しかし本来の気持ちは、前号で書いた
ように、自分の運転には問題が無い、運転に問題が無いのに
返上する必要は無いとの確信が、免許証を持ち続ける理由の
第一です。

ただしこのような人でも、何かのきっかけで運転をやめています。
私の知る限りでも以下のような場合、免許証を返上したり、
更新をしなかったりしてます。

「病気」「怪我」「視力の低下」「年齢から来る気力の衰え」
「事故を起こしたショック」「車の用事が無くなった」「車庫の事情」
「車の寿命(買い替え)」「周囲の反対(家族)」「経済的事情」
などが挙げられます。

これらはなにも高齢者に限ったことではないでしょうが、高齢者の
場合これが顕著なきっかけになります。

ご承知の通り、車が収入の手段や、生活を支える道具で無い
場合、車を持つ経費の負担が重圧にもなります。この経済的
事情が、高齢者の運転取りやめの潜在的理由に占める比率が
かなり大きいと思います。

ことに年金生活に入り、限られた収入の中で生活を支える
人には、車を持つためのイニシャルコストは馬鹿にできません。
税金、保険料、ガソリン代、車庫代、車検代、利用時にかかる
高速料金などなど、車を持ったために掛かる出費は生活を
圧迫します。

そのほか、精神的、心理的な理由で、運転取りやめの中に
意外と多いのが、事故を起こしたショックがあります。
それまで運転に自信を持っていた人ほどこのショックは
かなりのものです。

私の知り合いにも数人こんな人がいます。それが深刻な人身
事故に繋がっているとき「もう運転はしない、怖くて出来ない」
ともらします。ことに週一回ドライバーなどの場合、運転機会が
少ないことが操作ミスに繋がっていると思い込むようです。
それだったら運転をしないことが事故を起こさない、のわかり
やすい論法で結論つけます。

若いドライバーとの相違がそこにあります。若い人は「運が
悪かった、今度は気をつけよう」になりますし、長い将来を考えた
とき、車の必要性は老人より多いので免許証は手放しません。
しかし高齢者は自分の年齢、肉体の衰え、運転技術、反射
能力の低下を事故の原因の一部と思い込み、免許証の必要性
より、再度事故発生の怖さが先立ちます。

ところで、私の周辺は、高齢者ドライバーが意外と多いです。
実際毎日のように車を使い仕事をしている人、通勤に車を利用
する人もいますし、仕事が無いがレジャーやゴルフには車を
使う人などです。これらの人々は車を使う必然があり、車が
生活の一部に取り入れられていますので、免許証返上の
考えはありません。

さらに地方の高齢な友人や知人は、車がなければ生活できない
といいます。交通機関が発達している都市部と違い、山間や
農村地帯など、バスも無い地域もかなりあります。外出も大変
です。

このような環境で生活している、私の古い知人の一人は、83歳
ですが「車の運転は死ぬまでやめるわけにいかない」といいます。
さらに外出するのに、自転車や徒歩のほうが返って危険だと断定
します。たしかに慎重な運転さえしていれば、事故や間違いは
起こしにくいし、本人の危険度から言ったら車は安全です。
車は周囲を鉄の塊で運転者を防御してますので、防御なしで
路上を動く、徒歩や自転車のほうがたしかに危険でしょう。

その証拠に高齢者交通事故の統計をみますと、高齢者の歩行
事故がかなりの数字となります。交通事故に高齢者が多いと
一概に論じられますが、この中に歩行者が多数占めていることも
注目しましょう。

その現象から見ますと、83歳の知人の「自転車、歩行者の方が
危険だ」の言葉が正しく思えます。高齢者運転の周囲の状況
認知、判断、対応の反応と動作が鈍いことは、歩いている
高齢者も自転車の人も変わりません。高齢者の車運転操作
ミスの度合いと、高齢歩行者の注意怠慢の危険度は、
かえって歩行者のほうが大きいかもしれません。

このような事情を考慮に入れると、高齢者が交通事故を起こす
原因が、運転にあると断じて問題視するわけにはいきません。

確かに車と免許証は生活の一部ですし、地方社会の中では
必需品です。今まで車生活になれた高齢者ほどその思いが
強いでしょう。

私もその仲間の一人です。さいわいに都会の近くに住んで
いますので、交通機関の不便は感じませんが、休日の
ショッピング、知り合いへの訪問など、車の利便性が高いです。
さらにゴルフやレジャー旅行にも車を使いますし、友人を誘う
にも車があることが条件になります。

特別に車運転の趣味があるわけではありませんが、実利と効率で
便利に車を愛用しています。

免許証を取得して約47年、優良運転手のゴールドのマークを
長期間頂いています。いわば幸いのことに無事故ですし、最近
30年ほどは無違反です。

最も運転機会が少なく、乗用率が低ければ無事故、無違反の
比率は高くなります。ことに最近は長距離運転は避けるように
なりましたので、車の走行距離メーターも上がりません。
ペーパードライバーではありませんが、次第に似たようなものに
なりそうです。

自分自身が高齢者だからと意識はあえてありませんが、なんとなく
運転する回数も減り、いつのまにか無理をしない、スピードも
控えめな慎重運転をしている自分に気づきます。

これが歳をとってきた熟練ドライバー大方の傾向と思います。
ことに運転の慎重さは高齢者ドライバーの心得の基本でしょう。

次回はそんな心掛けを探り、楽しい老後をドライブしましょう。

高齢者ドライバー(3)

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 −マナーとルールの厳守が高齢運転の心構え−
   (高齢者運転も邪魔にされないアメリカ)


アメリカのロスアンゼルスから南のサンディエゴまで片側
5車線、6車線のフリーウエイがまっすぐに伸びています。

その高速道路を、時速120キロのスピードで走る車に同乗し、
4時間ほどかけてサンデェエゴまでのドライブをした経験が
あります。今から15年前のことです。

その運転者はその頃取引のあった会社社長の親父さんで、
80歳を越えた老人でした。

ロスの空港まで迎えにいくという言葉に甘え、息子社長が
来ると思い込んでいたのに、老齢の白髪頭に出迎えられた
ので驚きました。

少し心配になり「出迎いありがとう、車の運転大丈夫ですか」
「当たり前だ、50年以上のベテランだ、何回もロス空港
までは来ている」こんなやり取りの後「こんなにスピードを
出して危険はないですか」「フリーウエイで、まっすぐな
一本道だから問題ない」とむきになってアクセルをふかし、
私を怖がらせていました。

モーターリゼーションの発達したアメリカ、車は社会生活の
中で必要欠くべからざるもので、若者から年寄りまで、自分の
足として車を運転し、通勤から買い物、家庭訪問から
パーティー、小旅行からレジャーまで、車を利用しなければ
何も出来ません。

そんな社会環境の中で、当然高齢者のドライバーは多く、
80歳のこの老人もその一人です。

それより以前、農業畜産関係の仕事柄、アメリカの田舎に
何回も訪問する機会があり、そのつど農場経営者の高齢な
家族、腰の曲がったお爺さん、お婆さんが、がたがたな車を
運転して街までの使いに走っていたのを何回も見ています。

こんな年寄りが運転していて大丈夫なのかと思いましたが、
何の抵抗もなく老人くささも見せずに、運転中は返ってシャン
としているように見えました。

もっとも大きな道路、障害物も少ない交通条件の田舎、
怖さを感じるものはないでしょうし、それ以上この年寄りが、
生活上なにか必要なものを求めようとしたら、車で数キロ離れた
街まで出かけざるを得ません。

環境と必要性がそうさせているのです。

アメリカでも高齢者の運転の過失は多いですが、それを咎めて
やめさせることは、社会生活から引退しろということになります
ので、議論の対象になりにくいです。

さらにもう一つ、IDカード(身分証明)がなければ生活しにくい
社会ルールが、免許証のあるなしで、生活をスムースにするか
否かになり、老人はその意味で免許証を持ち続けます。

アメリカに渡った日本のビジネスマンは、職場の環境により
ますが、まず免許証をとり車の運転をしなければ、生活できない
と聞きます。その理由の一つに、免許証がパスポートより
身分保障に役立つからとも言われます。

車社会のアメリカの一面でしょう。最も日本でも免許証は
各都道府県の公安委員会が発行している物で、いわば
警察です。この法の番人みたいな役所のライセンスだから、
身分証明はこれほど確かなものはありません。洋の東西を
問わず同じ様なものです。

さて8月10日の警察庁の発表によりますと、昨年度の
65歳以上の運転免許保持者は927万人で、交付免許証
全体では7844万人になり、そのうちの11.8%に当たる
といいます。

この数字は長寿国日本では増えることがあってもけっして
減りません。まして数年後には団塊の世代といわれる、
昭和20年代に生まれた年齢層が一挙に高齢者ドライバー
に仲間入りします。

郊外に住宅を持ち、車生活に慣れたこの世代は、現在の
高齢者より、車と免許証には執着するでしょう。それに比例
して、高齢者交通事故も増えてきます。そうなると今以上に、
高齢者運転のルールが問われる社会的な論議がけたたま
しくもなりそうです。

確かに交通問題からの視点で見ますと、高齢者は危険度が
高いかもしれませんが、この年代は同時に肉体の衰えとも
戦っている世代で、健康を維持できずに医療保険のご厄介に
なる比率も高い年代です。

視点をマクロに考えますと、運転が出来、車でレジャーや
ショッピングを楽しめる高齢者は、健康で健全な肉体精神の
持ち主ともいえます。車を運転できるという意識が、本人の
精神年齢を若くさせます。若いと思う心は肉体の若さに繋がり
病気知らずになります。

いつまでも元気で、医療看護のご厄介にならないことは、国の
経済にもプラスしますし、社会的にも見えない貢献でもあります。

このプラス面を無視し、運転の危険度だけで、高齢者運転を
規制するようなことになると、高齢者の若さと楽しみと健康を奪う、
人権問題にもなります。これは老人福祉の精神からも大きく
外れます。そうならないことを祈ります。

もっとも、車運転に支障をきたさない若さと健康を保つには、
衰える肉体と気持ちにどのように対応するか、慢性的な生活
習慣病をいかに克服するかにもかかります。

もし病気を承知で運転し、その原因で交通事故を起こすことが
あれば、その責任は重いでしょうし、まして認知症の疑いの人は、
医者も家族も運転をやめさせなければいません。

そこで「高齢者だから事故を起こしたのだ」といわれないため
にも、こんなことに注意しながら運転をしたらいかがでしょう。
私の体験も含め気分がよく、イライラしないときに乗る。
心配事があると注意力が欠けます。

夜間は出来るだけ乗らない。
視力はかなり弱ってますよ。
対向ライトがまぶしい。

雨の日も充分気をつけて。
ワイパーの動きは気になるし、フロント硝子の曇りは見えにくい。

通りなれた道路を運転する。
初めての道路は状況がわからないので、ゆとりがなくなる。

乗りなれた車にのる、他人の車は勝手が分からない。

陽射しの強いときはUVカットのめがねを、紫外線は目の大敵、
目の疲れは事故の元。

追い抜かれる常識を持とう。
無茶なスピードは若者だけ。

危険の意識が働いたらまずブレーキ。
アクセルの踏み込みでは危険は避けられない。

横断歩道ではまず徐行。
歩行者は見えないところから湧いてくる。

助手席の人にも運転を注意してもらう。
二つの目より四つの目。

眠気がきたらドライブイン。
無理してよいことなし。

駐車場は空いている場所に。
狭いところへのバック駐車は難しい。

気持ちと時間にゆとりを持って出かける。
時間が気になると乱暴運転。

長い運転経験を生かした状況判断。
高齢熟年ドライバーはこれが優れている箇所。

カーナビゲーターを利用。
道路地図は頼りになる。

バック駐車もナビゲーターを使う。

などなどがあるでしょう。

私は運転前には、自分で開発したサプリメント必ず飲みます。
疲れが少なく、肩がこらず、視力もよく、気分もさわやかになり
安心感が湧きます。どなたでも栄養ドリンクを飲んだり、眠気
覚ましにコーヒーを飲んだり、交通安全のお守りを握ったなど、
こんなこともチョットした運転の自信に繋がります。

非科学的で、思い込みや迷信くささがあるかもしれませんが、
意外と人間は、縁起を担ぎ、暗示に弱いものです。

科学的な進歩は、やがて自動車そのものが、事故をいかに
防ぐかの先端技術を駆使した乗り物になって「認知、判断、
操作」の鈍さを、自動的にカバーしてくれる時代にもなるで
しょう。

しかしながら基本的な注意事項や、ゲン担ぎはそんなには
変わりません。


これからの高齢化社会は、余生を楽しむ老人で、活力アル
社会にしなければなりません。高齢ドライバーも増えるでしょう、
しかし人生の熟達者としてマナーを大切に、ルールを守り
高齢者だから起こしたのだという運転トラブルは避けたいもの
です。

論語の一説、「六十にして耳に従い」「七十にして、心の欲する
ところに従えども、矩(のり)を越えず」の言葉が今でも生きてます。

六十歳を越えたら、人の話や意見を素直に聞けるようになり、
七十歳すぎたら自分のしたいようにしても、社会の規範を破る
ことがなくなるという意味で、素直な心と、自ずから自制心が
働いて、欲望をコントロールするのが出来るのが、六十歳を過ぎた
高齢者の美徳です。

「注意一秒、怪我一生」という交通標語があります。もう一度
この言葉をかみ締めましょう。

そうして自分自身、いつかは運転する体力、気力、能力がなく
なったことに気がついたら、潔く免許証を返納することといたしま
しょう。

おわり

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