2005年12月アーカイブ

今年の漢字「愛」について

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−「愛」でなく「哀」の出来事の一年 −
   (人間不信にならないように)

平成17年(2005年)も最後の週になりました。

その年の印象を漢字で表したらどんな言葉か、例年年末になると
発表されます。

今年は『愛』と言う漢字が選ばれました。

「愛」と言う意味には美しく温かく慈しむほのぼのとした感慨と
情感があります。愛は強く崇高なもので、人間だけでなく生きとし
生けるものに対する思いやりの心で、それは森羅万象全ての
物体、自然、現象にまで及ぶ壮大な心です。

愛の意味を問われて、不快感を持つ人はいないでしょう。肉親、
友人、恋人を連想する顔、顔、顔は自分にとってかけがえの
ないものです。

その「愛」が今年選ばれました。

豆腐大好き物語(2)

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−豆腐にも美味しい食べ時旬がある−
   (良い豆、良い水、良い凝固剤)

私が以前勤務していた商社は、アメリカとの貿易がかなり盛んで、
数年前、機械輸出の関係者にいまどんな機械が輸出されている
のだと聞いたところ、豆腐と豆乳のプラント的な機械が多いとの
返事でした。

ご承知かもしれませんが、アメリカでの日本食は、健康志向の
食事として認知定着しています。その日本食のメインに豆腐が
あり、豆腐が自然食、健康食材としてもてはやされ始めた頃の
はなしです。

大豆は食用油の原料との認識しかなかったアメリカ人は、
東洋から渡ってきた豆腐に始めは馴染めず、日本料理とか
中華料理の食材のひとつとしてしか使われませんでした。

その豆腐が、植物の大豆が原料、豆乳を煮て固めた白い
カード(CURD、凝乳状)で、見るからに清潔感があり、そのうえ
タンパク質も充分で栄養に富んでいるということがわかり、
俄然認識度が変わり始めました。

豆腐大好き物語(1)

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 −奥行きの深い味、日本料理の優等生−
      (豆腐は生が一番美味しい)

豆腐が好きです。極端に言えば毎食に豆腐が出ても抵抗が
ありません。

家での夕食には必ず豆腐が出ます。それも「冷やっこ」に限ります。

なぜ「冷やっこ」にこだわるかといいますと、豆腐の香りと食味が、
一番素直に感じられるからです。すなわち、生のまま加熱も
味付けもせずに食べますと、本当のありのままの豆腐の味が
楽しめます。

暑い夏の日の「冷やっこ」のヒヤッとした口当たりとスーと溶けていく
ような食感の醍醐味は応えられません。また寒い冬でも、暖房の
効いた部屋でいただく豆腐の、ヒヤッとした舌触りと、スルッと入る
喉越しはたまりません。

鰹の削り節を少しかけ、生姜とねぎの薬味に生醤油をつけると、
豆腐の旨さはさらに引き立ちます。

もとより「冷やっこ」だけではなく、湯豆腐も鍋物の豆腐も大好き
です。すき焼きのたれがしみこんだ焼き豆腐の味もまた応えられ
ません。

居酒屋は勿論、ちょっとしたこぎれいな割烹店に行っても
「豆腐ありますか?」必ず聞きます。

同行者も私の豆腐好きをよく知っていて、私に代わって豆腐を
注文してくれます。それほど私の豆腐好きは自他共に認める
ところとなっています。

*前回のコラム「免疫と鶏インフルエンザ」への反響が
  大きかったので、昨年の関連コラムをご紹介いたします。


−畜産物生産現場から見た食の安全ー
      (被害にあった東南アの友人達からの報告)


===== 今問われる食の安全 ====

「鶏肉や卵は食べて大丈夫ですか」こんな質問を時々受けます。

もちろん鶏インフルエンザの報道が世間を騒がし始めてからです。

私が養鶏のコンサルタントをやっていて、生産現場のことをよく
知っているだろうが前提になっています。

「牛肉も心配、鶏肉も卵も怖い、野菜の農薬、抗生物質
抗菌剤の残留、発がん性の添加物、ダイオキシン、環境
ホルモン、遺伝子組み換え、私達は何を食べたら安心
なんですか」消費者の偽らない叫びです。

確かに人体に入れば危険なものも多いです。消費者が心配する
気持ちも分からないではないですが、過剰に反応しても生活
しにくくなります。

このようなとき、今こそ食の安全が討議され、何が安全で、どの
情報が神経質すぎるなど、現実の実態に沿って説明する必要が
あるように思います。それは必ずしも政府や研究機関の報告
だけでなく、各個人が判断できる分かりやすい、実際に即した
ものでなければならないでしょう。

*前回のコラム「免疫と鶏インフルエンザ」への反響が
  大きかったので、昨年の関連コラムをご紹介いたします。

        
−生産現場から見た食の安全−
    (国際化の中で輸入禁止だけでいいのか)

====法定伝染病======

2004年山口県で発生した鶏インフルエンザのテレビニュースを
ご覧になった方多いと思います。

大きな穴を掘って、死んだり殺したりした鶏を埋没している画像を
記憶しておられますか?

どうして生きている鳥を殺したり、埋没しなくてはいけないの?
それだけ怖い恐ろ しい病気なのか? 画面から伝わってくる
生々しい場面は、この病気がただならぬもので、何かが違うと
感じた人も沢山いるでしょう。

実は私もこれと同じよう自分の鶏と、仲間の養鶏場の鶏を殺し、
埋葬した経験があります。

いまから38年前1967年のことです。

その頃私は横浜の田舎で養鶏場を経営しブロイラーの種鶏と、
採卵鶏を合計2000羽ほど飼育していました。現在と違い
養鶏業の規模はこのようなものでした。

*前回のコラム「免疫と鶏インフルエンザ」への反響が
  大きかったので、昨年の関連コラムをご紹介いたします。


−生産現場から見た食の安全−
   (アメリカ牛肉輸入禁止で思うこと)

----------牛丼を食べなくても困らない飽食日本

市場から安い「牛丼」が消えてしまいました。

新聞やテレビ、週刊誌の話題としては興味があったのでしょう、
連日こんなニュースが、消費者の目に飛び込んできました。

輸入食品でこんな社会性を帯び、話題になった食材は今までは
ありませんでした。たかが「牛丼」ではないかと思いたくも
ありますが、どっこいこれは今後の輸入食品に対する農水、厚生
行政の方向性を決定する出来事と捉えるべきでしょう。

ましてこの背景は「日本の食」の問題であり、国民一人一人が
将来に向かって、どうすれば最も納得の行く食料供給体制を
つくれるかを、問い直す機会になったはずです。

ご存知のよう今の日本の食料自給率はカロリーベースで40%を
切ります。40年前の昭和40年代は80%ありましたので、その
落ち込みようは激しいです。その中で穀物自給率は現在61%と
なっていますが、飼料穀物を計算に入れると28%の穀物自給率
になります。卵も肉も全て輸入穀物で生産されていると見ますと、
40%の自給率はもっと下廻ります。

現実の問題として、もし世界各地から食料輸入がストップしたら、
街から「牛丼」がなくなった衝撃より、どれほどショックが大きいか、
想像をしたことがありますか。

*前回のコラム「免疫と鶏インフルエンザ」への反響が
  大きかったので、昨年の関連コラムをご紹介いたします。


−生産現場から見た食の安全−
     (生産物移動禁止でこうむる損害)

====法律の無慈悲

山口県で発生した鶏インフルエンザの終息宣言が出て、その
周辺養鶏業者の生産物出荷が解除され「これで大手を振って
販売できる」と喜びを満面にうかべインタビューに答えていた
生産者の姿をテレビの画面でそれとなく見ていました。

家畜衛生保健所の家畜防疫員の判断により「当該地域に
おいて新しく鶏インフルエンザの感染の事実が無いので、
危険地域ではない。」これが役所からの通達で、漸くにして
罪を解かれたという感じです。

生鮮食品の卵を一ヶ月あまり抱え、いつ解除されるか分からない
移動禁止命令を、痺れを切らして待っていた生産者の気持ちを
考えると、私はやりきれない思いにかられました。

その続きの画面で、今度は大分県の生産者が「全くの迷惑だ、
私達に死ねというのか」と愛玩鶏から発生した鶏インフルエンザ
防疫対策で出された、周辺30キロ以内の生産物移動禁止
命令に対する怒りです。

生産者にとって全くの寝耳に水の出来事で、隣の火の不始末で
起きた火事で延焼したのは我慢できるが、まったく見も知らない
遠くの家事で家が焼かれたような、憤懣やるかたない思いでしょう。

しかしこれが法律です。

*前回のコラム「免疫と鶏インフルエンザ」への反響が
  大きかったので、昨年の関連コラムをご紹介いたします。

−社会問題化した鶏インフルエンザ−
     (生産現場から見る行政の構造)


====中国の鶏インフルエンザ

中国への商務出張で、主に上海に滞在しました。昨年猛威を
振るったSARSの影響は今回影を潜め「SARSは完全に抑える
ことができたました」と上海で出合った、政府関係者の自信ある
言葉が耳のそこに残りました。

鶏インフルエンザについても、一般市民はほとんど関心なく、
日本で報道されているニュースのような危機感も持っていません。

しかし生産現場では決して終息はしていないでしょうし、ことに
アヒル、ガチョウなど水禽類が多く飼育されている中国では、
これらの鳥類がウイルス保菌者として潜在的にいつでも顕性感染
する危険がはらんでいるはずです。

そもそもこのインフルエンザは水禽類のウイルスであって、
それが何かの弾みで鶏に感染、抵抗力の弱い鶏は発病被害を
大きくしました。

免疫と鶏インフルエンザ(2)

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−感染に負けない強い体質づくり−
   (バイタリンZの免疫力と動物実験)


新生児は6−7ヶ月間は、風邪や軽い感染症にはかかりにくい、
いやかからないといいます。

母親から受け継いだ免疫と抗体があって、病気に対する抵抗力
になっているのでしょう。

これを「移行抗体」といって、親の免疫力が子供に移行して、
新生児が自分自身の体で、自然免疫組織と、獲得免疫を得る
まで、病気から体を守ろうとする素晴らしい自然の条件です。
これはお母さんが与えた最初のプレゼントです。

ということはそのお母さんは、本人も知らない間に、子供に
与えることの出来るたくさんの免疫ソースを持っていたことに
なります。

しかしそのソースとなった病気は、妊娠中に発病し回復した
病気ではなく、いつの間にか本人も覚えのないのに、獲得して
いた免疫力だったのです。

覚えのないということは病気にならなかったことです。
しかし免疫は出来ました。不思議のように思いますが、実際は
その病気に感染はしていたのですが、病気としての症状が
出なかっただけです。

このようなケースを「不顕性感染」といいまして、症状が出ない
感染をし、その病気に対しての免疫抗体を作った訳です。

もちろん過去に症状のハッキリした病気の経験を誰でも持って
います、当然その病気の免疫抗体も赤ちゃんに移行はしています。

更に母親が子供の頃接種したワクチンや、大人になって行った
ワクチンで作られた、免疫抗体もその中に含まれます。

様々な形でお母さんの体の中で作られた「獲得免疫」が胎児に
移行して、初期の感染症を防いでいるのです。

更にもう一つ加えますと、健康な母親の強い体質が赤ちゃんに
遺伝し、病気に対する抵抗力の強い体質を受け継いでいるの
かもしれません。

まったく素晴らしい自然の摂理です。

但しこのお母さんからの贈り物も、赤ちゃんが成長し6ヶ月1年と
過ぎますと、自然となくなります。

そこでいろいろなワクチンを接種して、赤ちゃん自身が大人に
なるまでの間に様々な免疫を作ります。

現在は医学の発達で、このような免疫の仕組みがわかり、その
免疫を付与するためのさまざまのワクチンが開発されていますが、
今から100年前にはありませんでした。

すべて子ども自身の体力と、いつの間にか感染し免疫を獲得し、
その抗体で大病を防いだ自然の防御しかなかったのです。

私の子供の頃は、たしか疱瘡(ほうそう)しかワクチンがなく、
小学生になるまでに麻疹(はしか)、風疹などにかかり「この子の
ハシカは軽くてすんだこれで安心」と子供の厄落としのように、
当然かかるだろう病気に感染し、お母さんは安心したものです。

自然感染による強い獲得免疫が、その子の一生をその病気から
守ることになります。

この場合も、その子の持っている体質によって、症状の重い軽い
があったようです。やはり大切なのは丈夫な体質・体力を作ること
で、その中で遺伝的形質も見逃されません。

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