「アジアの新しい風」と留学生

〜アジアと日本をつなぐNPO法人の地道な働き〜
(アニメと漫画が日本留学へのきっかけ)

風は見えない でも風は揺らす みどりの木々を

風は見えない でも風は運ぶ 花のにおいを

優しい風が 言葉を伝え 理解を深め 心をつなぐ

手に手をとって 歩こう前に 新しい風に乗って
東京広尾にある「JICA地球ひろば」一階ホールの正面スクリーンに、
高橋雪子さん作詞「U.ゆう」さん作曲で自ら歌う「アジアの新しい風」の
テーマソングの美しい歌声が響きます。

2012年1月22日、認定NPO法人「アジアの新しい風」の新春交流会の
会場は、この歌声に誘われるよう、集まった会員メンバーと東南アジア
からの留学生で盛り上がっていました。

留学生代表の流暢な日本語での開会の言葉に続き、「タイ、ベトナム、中国
からの留学生を交え、楽しい懇談の会にしたい」と主催者の挨拶のあと、
まず会場正面に呼び出された、中国、タイ、ベトナムからの留学生代表8名
ほどの、日本語を習うきっかけの動機の発表から進行が始まります。

ご存知のよう、海外から日本に留学して、日本語ならびに高い教養と知識を
学ぼうとする動機は、大きく分けて二つに分けられます。

一つは純粋に日本語に興味を持ち、日本語を知ることによって日本の文化や
歴史の研究を志す人、もう一つは日本語をならってビジネスに役立てたいと
いうものです。

ことに1980年頃からの日本の経済発展の目覚しさを見て、日本語の
勉強を通じて、日本の科学技術と経済経営の手法をマスターし、自身の
経済的自立に役立てようとの意識で、日本語勉学の風潮ができましたが、
最近は就職優位の目的志向だけでなく、総合的な学問として日本語を
習おうとする機運が出てきたようです。

今回の留学生の話も、就職のため、あるいは日本経済の仕組み、日本語
への興味など、月並みのものもありましたが、いままでの常識を超越した、
新しい考え方の答えがいくつもあり、この会に関係し参加している留学生の
ユニークな面に、私自身が興味を惹かれ、新しい発見の喜びを感じました。

私がこのNPO法人「アジアの新しい風」俗称「アジ風」の仲間に入った
のは、足掛けで3年前ほどです。

ある会合で、アジ風の現理事長代理で事務局長の、上 高子(うえたかこ)
さんのお話を聞き、この会の趣旨と目的に賛同したからです。

このNPO法人は2006年設立されたまだ新しい法人ですが、その設立の
趣旨は、アジアの若者に日本語教育を通じて、日本の文化、社会、歴史を
理解してもらい、人々の交流の中から、あわせて相互の平和が培われ、
友好親善が醸成されることを目的としたもので、文字通り民間の草の根
運動を代表するような海外交流組織です。

具体的には、日本語教師の現地大学への派遣、日本語学習の支援、日本
在住の留学生との交流、各国大学で日本語を勉強している学生と会員との、
電子メール交換による「メル友」付き合い、そのやり取りを通して正しい
日本語教育を助ける、通称「アイメイト」会員交流、さらに現地日本語
教育現場への会員の訪問による親善など。

そこには政治も政府干渉も国家間の外交政策の影もなく、ボランティア的で
ひた向きな人間愛から出発した有志の、非営利機構NPOの精神そのものの
善意団体の姿であり、この地道な行動が実り、着実にその実績を積み上げて
います。

事務局長の上高子さんは「アジアの若者に日本と日本語を理解してもらう
だけでなく、日本人がアジアの国々を知り、自分達の立ち位置を知ることも
大切です」と言います。

その通り、私も長い年月アジアの友人達と交流があり、日本人としてアジアの
方々との親善は欠かせないものと深く感じています。

日本人は往々にして西洋文化と西洋人に対しては、心のどこかで何かコンプ
レックスがあり、その反動でアジア人に対しては優越感を持つ性癖があります。

また経済的な優位性を表面に出して、慢心する浅薄なところもあります。

明治以来の文明開化の風習か、ハイカラへの憧れか、体質的に日本人が
DNAのなかに、人種差別的な行動が潜在的にできたことを私は感たことが
ままありました。

しかしこれからはこんな考えは捨てなければいけません、世界的な常識
としてアジアの時代と言われ、日本人と日本語をアジアの人々にもっと理解
してもらうことが大切になります。

それにはこのアジアで、日本がある意味で尊敬されなければいけません。

経済力や技術力だけでなく、人間的に畏敬される人格を持った日本人を、
養う必要があります。

そんな意識の啓発を、このNPO法人が先鞭をつけているともいえます。

会員の多くは定年退職されたような年配者が男女ともに多いですが、
この年代の人が持つ円熟した人生観とマナーが、若いアジアの留学
希望者の心に、日本人の印象として残るのは大変結構と思います。

日本をよく知り、日本語も日本人と同様ぐらい堪能になり、立ち居振る舞い
から行動、社会生活での礼儀作法など、日本人が持つ自然に備わった
体質的な節度を、留学生にも持って貰うことを希望しますが、これが
難しいことのようです。

入社試験で日本語能力から知識まで、抜群の才能を持ちながら
「ちょっとしたところに日本人の立ち居振る舞いと違い、また人への
接し方の奥ゆかしさが感じられない、本質的なマナーの心の相違だろう」
と、嘆いていた経営者がいました。

しかし、そんな難しい日本的なマナーも、この人生経験の豊富な熟達した
年配者から、知らずのうち学び取ることも可能でしょうから、この会の
構成年齢の高さもメリットになるでしょう。

ところで留学生は青年です、若い感性は日本の若者との交流を望むで
しょうし、若者同士の中から次の新しい日本的マナーも作り上げるのも
大切です。

この会もやがて、若者が多く集まることを、年配会員の一人として期待し
また願いもします。

ですが目下は、社会的にも経済的にも余裕のある熟年の尖兵が、日本の
良さを紹介する二枚目俳優の役目を担いましょう。

さて留学生を交え、8−9名のいくつものグループに別れ、懇談会が
始まりました。

私のテーブルには中国とベトナムからの女性留学生二人が着席、キラキラ
した瞳に年配者と接する緊張を感じているようです。

「気楽にいきましょう」司会者の洒脱な話し振りで緊張をほぐします。

ところで私は、最初からある疑問を持っていましたので、早速に中国の
留学生に「今日出席した留学生は皆さん女性ですが、男性の日本語への
興味と日本への留学志向はどうなの?」と話しかけました。

北京の精華大学からの留学生のゴン(耿)さんは「精華大学の日本語
学習コースは17名いましたが、男性は2名でした」との答えです。

このように日本語習得と日本留学に対する関心は、ほとんど女性であって、
男性の外国語勉学は圧倒的に英語のようです。

その理由は簡単、英語のほうがより国際社会で役立つからです。

また早いうちから普通教育の現場で、英語は習い始められていますし、
覚えやすい言語かもしれません。

そこに男性と女性の感性の違いを見ることができますし、現実的で
功利的な判断で英語習得が優位性と見る男性と、心の豊かさと奥行きの
ある文化、日本語の美しさを知ろうとする、耽美的感覚の女性との
価値観の相違を見た気がします。

さらに日本語への興味を抱いたきっかけが、テレビで放映された日本の
アニメであったり漫画であったり、ジャニーズ系の日本の歌など、
ポップカルチャーの世界から、日本文化を覗き見したところから発して
いるのも面白いです。

理知的価値観からの判断より、感性的、情緒的な感覚で日本語を勉強
しようとしたようです。

古臭い私たちの年齢では考えられない動機でしょうが、時代が変わり
動機も多様化しているのが現実です。

そんな潮流に私は何の抵抗もないタイプで、アジア諸国への訪問でも、
その国の習慣と食事に溶け込み、現地の人たちとすぐに仲良くなれる
特性を持っているつもりです。

「日本のお茶とお花を習っています」ベトナムのハノイ貿易大学からの
留学生ホンさんの発言に誘われるように「私も習っています」と中国人
留学生のゴンさんも応答します。

「これは日本の心を代表する伝統文化で『茶道』『華道』といって、
厳しい形式美が要求されるもので、ことにお茶は礼儀作法の究極ですよ」
との説明に。

「それだから習いたい」との答えはうれしい限りです。

もしこんな伝統文化を知り、その精神の豊かさと奥深さが分かったとき、
この留学生たちは、現代の日本の女子学生よりより日本的な心を持つの
だろうと期待します。

こんな市井的な交流の中から、お互いの国々の文化や習慣を知り、そこに
在住する民族の心情を知ることが、本当の国際交流でしょう。

そうです、アジアの留学生をお世話するだけではなく、若い留学生を
通して、日本人が新しい文化を見つけ出し、親しむ気持ちを持つことも
涵養です。

日本の国是としても、国際交流と親善には、この留学制度の活用が最も
現実的で実利的ですし、ことに若い感性は民族の壁を越え、友情が
生まれます。

それが文字通り平和外交です。

聞くところによりますと、日本の文部科学省は30万人の官費留学生の
受け入れの方針のようですが、目下は日本全体で10万人そこそこと
聞きます、まだまだアジア諸国には、日本で学ぼうと言う機運に欠けて
いる所もあるのでしょう。

さらに日本政府のPRも足りないかもしれません。

その欠陥を補うのがNPO法人{アジアの新しい風」のような民間団体の
力でしょう。

さらに心ある民間人が、こんな地道な国際親善を知り、この団体に多くの
参加者が集まったとき、それは力となって、さらに新しいアジアに風が
吹き出すかもしれません。

そんな風の起ることを願いつつ、アジアの風のテーマソングの一節を
お伝えします。
風は見えない でも風は揺らす みんなの心を

風は見えない でも風は運ぶ  あなたの願いを

明るい風が 海を渡り山を越え アジアをつなぐ

手に手をとって 進もう前に  新しい風にのって