穀物高騰と旱魃被害

〜「2012年の養鶏産業の課題」新聞発表した私の意見〜
(物価の優等生「鶏卵」はなぜ安い)

アメリカの中西部のアイオワ、オハイオ、イリノイ、インディアナなど主要穀物生産地帯が異常な熱波による旱魃に見舞われ、所に寄ればまったく収穫が出来ない地域まである、未曾有の危機となっているようです。

アメリカは世界のトウモロコシ生産量の40%を賄う、最大の生産国であると同時に輸出国です。

その世界の穀倉地帯が大打撃となれば、世界の穀物価格、とりわけトウモロコシ、大豆、小麦の価格は高騰し、果ては供給問題まで影響をいたしかねません。

ご承知のとおり、日本の畜産動物の飼料主原料であるトウモロコシの90%、大豆の大部分をアメリカから輸入している関係から、もしこのまま不作が継続すれば飼料価格は上がり、その影響で肉、たまごの価格も上昇せざるをいないでしょう。

こんな天候異変から来る危機を、私は昨年2011年からなんとなく予測し、養鶏産業の専門誌「鶏鳴新聞」の新年号特集「2012年の業界の課題」に、飼料穀物不足の意見として、天災と人災による食糧危機と飼料高騰に対する対応を心がけるべきとの一文を、12月末に執筆し投稿しました。

食は人間の生命維持の本質的物質であり、電力不足で工業生産に支障がきたしても、生活にすぐに影響しませんが、食べ物がなければ餓死が始まります。

その食糧問題に対する危機意識を、畜産産業を例えとして私見を述べたものです。

以下はその論説を再度ここで紹介いたします。
2012年新しい年を迎えましたが、昨年3月11日東日本を襲った未曾有の大震災の被害が回復されない現在、まして原発放射能の脅威に、被災地のみならず日本全国が不安な今日、素直におめでとうと申し上げられないのは、まことに遺憾です。

被災地の方々には重ねてのお見舞いと、尊い生命を失われた方々に深い哀悼を申し上げ、一日も早い復興を祈ります。

さて、地震と津波はたしかに天災ですが、原発の破壊と放射能汚染は人災だとの世論です。

このように今世界は地球は、天災と人災の危機がいつ起ってもおかしくない状態です。

それが2012年以降の食糧、飼料産業、畜産養鶏産業にまで暗い影を落とすのではないかと予測します。

天災は予期しないもので、地震、津波、噴火、大雨、洪水、寒波冷害、猛暑、日照り旱魃など、異常な自然現象と気象による災害が、世界の何処かで発生し、農作物生産に大きな被害を与えることがまず心配です。

さらにヨーロッパの金融不安、中東アラブの政治的騒乱、世界的な景気後退など、まさに天災と人災が入り混じった不確実の世紀の始まりを想起させます。

また昨年(2011年)70億人を越え、毎年8千万人以上増え続ける世界の人口を養う食糧が、安定的に供給できるか否かが深刻な問題になります。

(中略)

畜産業界にとっては、飼料穀物の供給不安と価格騰貴は業界の死活を握ります。

その要因が異常な気象現象による収穫減、原油高騰によるバイオエタノールへの転換、発展途上国の畜産物需要拡大による穀物消費の急増、投機マネーのの流入などによる、供給と需要のバランス失墜による相場の乱高下の結果、価格が暴騰高止まりになることを恐れます。

(中略)

現在飼料穀物の90%をアメリカに依存している日本の現状は、旱魃、冷害などの異常気象で生産に支障をきたしたとき、今まで通り優先的に供給する保障はありません。

1970年代初め、大豆の不作により輸出禁止令を時の大統領ニクソンが発表し、大きな政治問題化したことを思い出します。

近くはロシアの小麦不作による輸出禁止など、主要穀物は自国民のために生産しているのであって他国民を養うためのものではない、こんな判断で輸出禁止策が決してないとは言い切れません。

それだけ穀物は食糧は生命本質を脅かす鍵であり、また外交的戦略物資としてパワーを持つ物質です。

いま、アメリカと日本は軍事面で安全保障条約が締結されています。

同じよう穀物でも安全保障供給条約結ぶことが大切かも分かりません。

世界の貿易は自由化関税なしのFTAとかTPP締結に動いていますが、不作による輸出禁止の処置のほうが、TPPによる農作物輸入の脅威より、日本の畜産業界にとっては大打撃です。

(中略)

こんな不安を解決するには、飼料穀物の供給を多角化することです。

その方策ととして供給国を増やしたり、開発輸入を進めたり、本質的には国産の自給率を高めることでしょう。

さらに、使用面での飼料の効率化と飼養技術の向上で、飼料節約化への努力でしょう。

飼料の価格上昇は即生産コストの上昇です。問題はこのコスト上昇を誰が負担するかです。

ましてデフレ経済の中で、失業が増え給与所得は上がらず消費は冷え切っていル時、さらに消費税引き上げが2−3年後に行われたら、鶏卵、生肉全ての需要は落ち込み、上がったコストを消費市場はなかなか受け入れが難いでしょう。

そうなると、そのコスト上昇は生産者の辛抱と欠損で補うことになりかねません。

(中略)

(注)(飼料効率化と生産コスト引き下げの反面、卵、生肉に対する安全対策がおろそかになることへの心配として、次の点も発表文の中で指摘しました)
鶏卵や生肉のサルモネラ、病原性大腸菌、カンピロバクターなどの汚染が、人間の中毒として問題視されないよう充分注意しなければならない。

病原菌のなかには強烈な毒素を出す株も見つかり、ことに生食文化が定着している日本の鶏卵は今まで以上にサルモネラ、カンピロバクターなどの汚染に注意が必要で、その安全性を生産者は担保しなければならない。

と言って抗生物質等の薬剤による対策は、生産物への薬品残留が問題ですし、さらに薬事法にも抵触するので断じて行ってはならない。

いま世界の潮流は、化学薬品から有機的代替物質に変わってきて、我々が開発した生菌飼料と有機素材が日本のみならず、各国から問い合わせが増えている傾向は、飼料の効率利用と生産性向上だけでなく、残留薬品のない病原性汚染の少ない生産物志向を目指しているからでしょう。

さらに、病気予防の観点からワクチンや抗生物質だけに頼らない、動物そのものに高い免疫を付加し、基本的抗病性を持たせる事が、飼料高騰対策の一環になるともいえます。

2012年は飼料値上げ、消費停滞で生産物価格が低迷、厳しい年になるかもしれないが、そんな時こそ将来に対する産業として残りうる態勢を、官民挙げて作るスタートの年にしたいです。

(以上でおわりです)
このような予測が不幸にも的中したことは、喜んでよいのか悲しんでよいか戸惑うところですが、一つ確実にいえることは、世界の食糧の生産量は急激には伸びませんが、消費のほうは毎年限りなく増加していることです。

今後、供給が少なく、需要が多くなれば穀物の価格は当然上がり、穀物を主原料にする畜産生産物の価格は、当然上昇します。

畜産物だけでなく、小麦粉が主原料のうどん、パンなど主食系統食品、大豆原料の味噌、醤油から納豆、豆腐さらに大豆油まで値上がりは必死でしょう。

ただ皮肉なことに現在まで、日本の輸入農産物原料の商品は、大幅な値上がりをしていません、まして鶏卵、鶏肉、豚肉、牛肉など値上がりがしていない代表的商品です。

この不思議な現象の背景は極端な円高です。

トウモロコシの価格にしても、20年前の1992年1トン100ドルのシカゴ相場が、2012年は320ドルと3.2倍値上がりですが、日本の価格は1992年13000円、2012年25600円と1.9倍です。

まさに日本の飼料価格は円高のおかげで、アメリカほど値上げをしていません。

ちなみに1992年は1ドル130円、2012年は同じく1ドル79円の為替相場であった関係が、日本のメリットにもなっています。

さらに畜産物の安さの秘密の一つに、生産性の向上と、円高による鶏肉、豚肉そのもののの輸入増加が挙げられます。

生産性向上の努力は、省力化、機械化による労働集約化で、一人当たりの生産性があがったこと、さらに飼育環境の温度、湿度、光線などの自動コントロール化により、動物の性能を充分発揮させる快適な畜舎建物など、科学的な技術向上によることも寄与しています。

それにもまして最も影響した要因は、養鶏の場合遺伝的な育種改良による、生産性向上です。

ちなみに古い話で恐縮ですが、私が養鶏を始めた1960年代、1年間の平均産卵率は70%前後で260個前後でしたが、いまの採卵鶏は90%以上の生産で、年間330個以上の産卵をします。

鶏の体型も小さく丈夫で、大きな卵を継続して産卵するよう改良され、当然飼料の量も1割以上少ない状態での成績です。

鶏肉の産業の改良はもっと顕著で、2キロの鶏を育てるのに70日近かった日数が、今は35日で2キロになり、45日飼育すれば3キロにもなります。

飼料の要求率も体重2キロの生鳥ですと3.0から1.5に短縮しました。

すなわち1キロの肉を作るのに3キロの餌を必要としたものが、1.5キロの餌で1キロの肉が生産できるまで改良が進んだと言うことです。

このような目覚しい改良があって「卵は物価の優等生」と褒め称えられてもいます。

その裏には多くの養鶏家の廃業と倒産があって、生産が集約され、大農場化されたことも安い卵生産つながったのです。

もう一つ輸入鶏肉とか豚肉が大量に出回っていることです。

これも円高による安い輸入肉の攻勢があり、価格を冷やす要因にもなっていました。

しかし今回の穀物高騰を受け、輸出国も生産コストを度外視して、ダンピング価格で日本市場に輸出は不可能でしょうから、輸出豚肉、鶏肉の価格も当然飼料価格上昇分だけ値上がりするでしょう。

そうなれば、生産価格を下回っていた市場価格も徐々に値上がりします。

「銭湯の価格と盛りそばの価格と鶏卵の価格は一緒」と言われた終戦直後の物価から現在を比較しますと、卵の1個15円前後はいかにも安いですが、そんな価格で供給できる産業のからくりを理解してもらえたと思います。

さて、今後の世界の食糧事情がもっと厳しくなり、もし輸入穀物がなくなり国産の飼料だけで生産した場合、おそらく1個50円以上の卵の価格となるでしょう。

それ以上、現在の日本で飼養されている、鶏、豚、牛の頭羽数は、激減せざるを得ません。

これらはひとえに、食糧の自給率の問題に帰す話です。