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日本語による三国交流会

〜タイ、ベトナムの日本語学科の学生との懇談〜
(草の根の国際交流の意義ある親善)

2016年の2月の18日から22日までの5日間、私はタイに滞在、国立のタマサート大学 ランシットキャンバス(Thammasat university Rangsit)で、日本、タイ、ベトナムの「三国交流会」に出席し、有意義な3日間を過ごしました。

このイベントは日本の国際交流基金の援助を得た、認定NPO法人「アジアの新しい風」が主催した、タイとベトナムで日本語を学ぶ大学生と、お互いの文化や教養を交換し合う交歓会で、今回はタマサート大学からのお招きで開催できました。


日本人の間で「国際交流」という言葉が重要視されてから久しいです。

地球上の多くの国の人々と交流を持ち、友好親善を成し遂げ、互いの国の実情、風俗と文化、地理と歴史、言語と食べ物などを理解し合うことは、世界平和と相互の発展につながる広大な理想で、賛成者も多いです。

その中で地理的条件から見て日本は、アジアの国々との交流を深めることが優先順位と思う人もまた多いです。

私個人としても、アジアの国々へは訪問の機会も多く、多くの知己友人もおり、アジア諸国との交流の大切さをよく理解しています。

そんな私の気持ちを納得させるグループが「新しいアジアの風」でした。

数年前この「新しいアジアの風(通称アジ風)」のメンバーの一人になり、会が行うイベントで中国、タイ、ベトナムの若者たちと交流をする機会を持つようになりました。

このNPO法人は日本語を学ぶアジアの学生達に、会員がインターネットを通して日本語でコミニケーションを行うI(アイ)メイト(internet mate)方式があり、日本語の正しい使い方から、日本の文化や風習などの伝達を、パソコンやスマートフォンで交換し合い、日本語勉学の生徒との親善を深めています。

会員の多くは定年退職した熟年が多く、教養的にも経済的にもゆとりがあり、ボランティア精神も旺盛で手弁当協力ですが、孫のような学生達とのコミニュケーションはそれなりの生きがいかもわかりません。

また中国の北京精華大学、ベトナムのハノイ貿易大学、タイのタマサート大学の日本語学科に、日本語教師を派遣するなどの事業も行ってもいます。

さらに今回のタイでの三国交流会や日本での留学生たちとの交流会など、さまざまの形で日本語を勉強する学生の応援もしています。


国際交流と簡単に言いますが、多くの国の人々と仲良くなるには、まず言葉によるコミュニケーションが大切です。

世界で多く使われている英語によるコミュニケーションも見かけますが、日本人としては日本語を話してくれる人との会話が最も望ましい思うのは当然です。

それゆえ、日本語を習う学生には、いろいろな形で応援しようと言うのが人情で、このNPO法人もその一つかもしれません。

ただうれしいことには、アジア諸国の学生たちの中に日本語を学ぼうという気分も旺盛で、例を挙げれば今回訪問したタマサート大学には一般教養学科に日本語科があり、一学年50人からの生徒が存在することです。

4年学級ですから200名前後の学生が、日本語を話したり日本語で物を考え、日本語で日本文化と歴史地理まで勉強していることです。

さらに私を驚かせたことは、19日の午前中に訪問した4000人からの生徒がいる、タマサート大学付属高校でも日本語講座があり、多くの学生が日本語を学んでいることでした。

この学生たちの歓迎余興は、日本の少女グループAKB48のダンスで、続いて行われた小グループでのデスカッションでも、日本語でいろいろ質問され、私も答えに窮窮しました。

さらに言えば、タマサート大学以外の有名大学も日本語講座があり、タイ一国だけでも日本語を勉強している学生数はかなりの数となります。

面白いことに、日本語を習うきっかけとなったのは、日本のアニメや漫画、音楽やアイドルグループの歌などポップカルチャーが入り口のようでした。

勿論タイ、ベトナムには多くの日本企業も進出し、日本ブランドの車や電気製品、ファッションから日本料理まで、日本を意識する環境は多くなってもいます。

その環境を追い風として、生きた日本語を勉強してもらい、もっと深く日本と日本人を知ってもらおうという小さな試みが、私たちが参加している「アジ風」の仕事のようです。

今回のイベントの主催者、タマサート大学のタサニー先生の言葉の中にも「Iメイト交流による効果や、日本文学本を読んだ感想コンテスト、作文コンテスト、日本でのホームステイなど、アジ風の協力が語学力向上に役立つ」と日本人との直接的交流の成果を評価しています。

同じ意見は、ベトナムのハノイ貿易大学の日本語教師チャン・ティ・トウ・トウーイさんの言葉のなかにも「2008年から始まったアジ風との交流で、多くの学生が直接に日本人と付き合い、その影響は大きく日本とベトナムの相互理解にも役立つ」と感謝しています。

日本政府が政策として行う交流事業と違い、貧しい個人のポケットマネーでささやかに行う交流ですが、メール交換の中にも、来日した留学生や、短期訪問の学生たちに対する会員の「おもてなしの」の心が、人間の感情を揺さぶり、本当のフレンドシップが構築されてきてると思います。


さて今回の交流会は盛り沢山の企画でした。

サークル討論の「国際結婚」については、10−12名が司会者のリードで自由に意見を言う形で、私もあるサークルの司会者として出席者に発言を求めましたが、20歳前後の女子学生からはなかなか意見が出にくく苦労しました。

続いてベトナムの女子学生による民族舞踊、タイの女子学生によるタイの地方の伝統的衣装のファッションショウと踊り、さらにベトナムコーヒーの美味しい入れ方、タイの草木による魚の擬態製造など。

圧巻だったのはアジ風の会員の一人、歌手の金井ユウさんの独唱でした。

アジアの風のテーマソングに始まって、SMAPの世界に一つだけの花、アニメソングのドラエモンの歌のタイ語版、タイで最もポピュラーな歌、ベトナムの歌など、会場はやんやの喝采とホールを埋め尽くす踊りの輪で、アンコールが絶えない盛り上がりでした。

音楽には国境がなく、誰でもが参加できる情感があり、唄の詩と旋律の中で気持ちが高揚し、理屈なくわかりやすく楽しめます。

音楽の持つ無限の力を知らされました。

最後は日本文化の一つ、書道の練習です、アジ風の会員の一人書道家の藤原先生の指導で、タイ、ベトナムの学生たちには初めての挑戦、お手本の教材の漢字を理解しながら、墨痕鮮やかに半紙に筆を運ぶという訳にはいかず、初めての人には難しく、学生は戸惑いながらも懸命でした。

私も昔ならった書道のイロハを思い浮かべ、学生たちに筆の使い方を注意しながらも、しどろもどろの書道実習でした。

初めてにしてはそれなりの成果がでたと学生は喜び、新しい日本文化にチャレンジした興奮を覚えながら、時のたつのも忘れたようです。

このような交流の数々が、本当の生きた交流と思います、草の根的な交流の中で、民族間の垣根を越え、また年齢の差も感じさせないコミュニケーションが増築されることに意義があります。


南国タイに夕闇が迫り、三国交流のイベントも終わりました。

このイベントを通じて、三国の友好がますます発展し、日本語と日本文化が一段と理解を深めたことを信じて、この稿を締めます。

グローバル時代と留学生

〜日本に留学して感じたグローバル化の発表会〜
(上手な日本語を駆使して話す若い国際人)


「グローバル時代の中でどのように生きるか」

こんなタイトルで、日本に留学している男女7人の学生に、
意見を発表してもらう会合が「NPO法人アジアの新しい風」の主催で開催されました。

「グローバル化の時代」こんな言葉を最近よく聞くようになりました。

それだけ、世界が地球が一体化し、国境がない世界にしようということなのでしょう。

どんな国でも場所でも、どんな人種でも言語でも、どんな生活習慣でも宗教の
違いでも、同じ人間同士だから交流を重ね理解しあい、地球人として友好を
築き上げることが必要だ、こんな理念から出発している概念だと思います。

大変理想的で、この概念に反対する人は少ないでしょうが、
本当のグローバル人間を作ることは果たしてできるでしょうか。

こんな疑問に答える発表会であり、それも日本に留学している若者(学生)に、
この概念を語らせる試みはある意味では興味があります。

最も彼等や彼女たちは、母国を離れ言語や生活習慣の違う日本で、
それぞれの分野の勉学に励んでいるのですから、
すでにグローバル化を実践している人間の一人と言えるでしょう。

ことに今回このテーマで、自分の意見と考察を巧みに編集したパワーポイントで
発表できるのは、かなり優秀な留学生かもしれません。

その多くが日本に留学してから1年目、2年目の学生達なのに、
流暢な日本語を駆使し、歴史的な事実と比喩、さらに冗談とをまじえながら、
自分の考えをわからせようとする努力に敬服しました。

「グローバク化のスタートは多言語を理解すること」

ある学生の意見の中にあった条件ですが、これは基本的な国際人としてのスキルかもしれません。

まず言葉があってお互いの意志が通じ、人格が理解し得るのです。

この学生は母国語と日本語をすでにマスターしていますので、
国際人としての基礎を習得してます。

このように若いうちから、多言語に接していくことが、
グローバル時代の重要な要素かもしれません。

しかしなかには「言語は単なる道具であって絶対条件ではない」との意見もありました。

「言語より大切なことは心で、お互いの人格と品位を重んじることができて、
本当の交流ができる」との考えです、これは最も大切な理念かもしれません。

ところが「言語は大切で、なかでも英語は国際共通語ですので、まず英語を
マスターし、そのうえで他の言語を習うことが、グローバル化には大切」
と現実的な考えもあります。

「もっと大切なことは、意識と心です。その国の価値観と文化を受け入れこと」

「異文化の理解と異文化とのコミュニケーションができること」

「自分のスキルと専門知識を持つこと、知識や経験は言語を超える」

「自然科学や化学、電子工学などの研究は、
テーマや目標は共通でグローバルなもの」

「グローバル人間には包容力と自己責任と使命感が必要」

「育った自分の国の歴史や文化をしっかり知ったうえで、
他国の文化や歴史を理解しなければいけない」

などなど、哲学的観念論から、今行っている研究課題などから、
現実的なグローバル化の概念を語ってもいました。

たしかに同じような研究テーマの真理は一つでしょうから、その研究を通じて
世界の人々と交流することは実際的です。

また面白い比喩も沢山あり、中国からの留学生からは

「歴史的に日本のグローバル人間のはしりは、遣唐留学生の阿倍仲麻呂
(あべのなかまろ)で中国語は勿論、そのころの中国(唐)の政治の高官としても活躍もした」

阿倍仲麻呂の名前は今の日本の若者も知らないかもしれません。

西暦700年代の中国への留学生で、百人一首の中の有名な
「天の原、ふりさけ見れば春日なる、三笠の山にいでし月かも」の和歌があり、
中国では有名な詩人李白や王維などとの親交がありました。

この留学生は、この歌も口ずさみ中国と日本の交流を図った国際人として評価もしました。

厳しい話としては、現地の日本の会社に勤務し、
日本語通訳をした経験をもつ留学生からは

「日本人の上司が日本の習慣と考え方、仕事のやり方を強要し、私たちの国の
価値観を否定し続けていて、英語も現地語も話せず、多くの現地人と
コミュニケーションができなかった。これは国際社会で通用しないと思った」

「香港の映画俳優ブルース・リーはグローバルな人間、
伝統的な中国武術を世界に知らせた功績」

「日本の男性アイドルグループの嵐は、日本を代表するグローバルグループ、
その証拠には多くの外国の若者の心を捉えフアンを増やした。
日本の首相は知らないが嵐は知っている」

このアイドルグループ嵐の名は、世界にこのグループ名を「嵐を巻き起こす」
勢いで有名にする目的で、付けたと聞きますので、留学生の話題に出たように、その目標は果たせています。

現実の話とすれば、人間のグローバル化より、このような歌や音楽、
スポーツや映画、ファッションや食べ物(日本料理)などは、自動車や電気器具やカメラ
などとともに、国境がなくグローバル化への道は早く実質的だ。

今回の留学生の話にも多く出てきた、日本のアニメや漫画は、
グローバル化の先端ポップカルチャー(pop culture)でしょう。

宮崎駿のジブリの世界、ドラえもんやワンピースなど漫画を見て、
日本語に興味を持ち、さらに日本文化を知りたくなり、留学のきっかけを作っています。

このように、人間の交流も大事ですが、その国の文化や言語を知らせるには、
歴史的な伝統芸術文化より、大衆向け文化(ポップカルチャー)の方が影響力が大きいです。

多くの国の大衆の中に、これらのアニメや漫画をまねたコスプレ、
さらにゲームソフトからゲーム機、やがてスマートフォンのゲームなど、
オタク文化を根付かせ、それが日本と日本文化を知るきっかけになり、
日本旅行から日本人との交流に発達する、それが実質的なグローバル化の早道かもしれません。

「中国にいるとき知っていた日本国が、留学して知った日本国とは違うことを
知ったのもグローバルな知識です」と発表した中国の留学生もいました。

こんな話や、グローバル化へのヒントをたくさん与えてくれた、日本へ留学
している学生たちの意見発表会でした。

ちなみに発表者の国籍は、タイ、ベトナム、中国でした。

〜アジア最大の畜産、養鶏、水産養殖の展示会〜
(世界的に安全安心な卵、肉、養殖魚の生産を希望)


畜産、養鶏、水産養殖のアジア最大の展示会「VIV ASIA」が、2013年3月13日から15日までの3日間、タイ国の首都バンコクの国際展示場「BITEC」で行われました。

私どもの会社「ピィアイシィ・バイオ」も展示出展者として一昨年に続き参加し、飼料添加物ホールに2コマのスペース用意し、大変忙しい3日間を過ごしました。

この展示会は1年おきに開催され、タイで開催されるようになってから今回で11回目、22年の歳月が経過していることになります。

この展示会の主催者は、オランダのVNUと言う組織で、1960年代豚の生産会社と政府が、畜産動物のより高い生産性向上のため、さまざまな関係業者を集めてスタートしたもので、さらに1978年からは家禽産業(養鶏)も参加、合同拡大し集約的な動物と農業のための見本市として発展し、VIVと名付けられました。

VIVとはオランダ語で「Vakbeurs Intensieve Veehouderij」の頭文字をとっておりますが、よく分からないので英語に翻訳しますと、Livestock Intensive Expositionとなり、日本語に直訳しますと高度な集約的な畜産の展示会となります。

1970年代から世界的に鶏卵と畜肉の需要が拡大し、さらに産業として大型化と機械化が進み始め、牧歌的な家畜産業が近代的な食肉産業に大きく変化し始めました。

当然、育種、栄養、薬品、ワクチン、飼養管理、畜舎構造、自動化生産設備、鶏卵食肉の処理機械など、あらゆる構造と機能が革新的に進歩し、それを取り巻く情報も豊富となり、そんな情報を一堂に集めて一挙に展覧する事業が成り立つようにもなりました。

そんな背景と狙いがあって、この展示産業が発展拡大し、今現在ヨーロッパをはじめロシア、中国、インド、トルコ、南アメリカなどさまざまな地域と国々でこのVIVは開催され、鶏卵食肉の生産消費拡大の波に乗り盛況を極めているようです。

このVIV ASIAも最初は1986年と1989年に東京で開催され、当時に晴海にあった国際見本市会場に私も見学に行きましたが、アジアの東端の日本では、東南アジアや西アジアから人が集まらず、その後地理的にアジアの中心に位置するタイのバンコクに移転、現在の成功を見るようになりました。

当初はバンコク市内にある小さな展示会場「Queen Sirikit(クイーン シリキット)」で行われ、その第1回目の展示会に、その頃私どもが販売していた飼料添加剤のタイの代理店からの強い要請で、ピィアイシィ・バイオへの改称前の養鶏産業研究所として出展した記憶があります、1993年でした。

それから22年、このアジアの展示会は拡大に拡大を重ね、多くの出展者とそれを見学に来る見学者、さまざまな研究セミナーに集まる聴講者など、主催者発表では今回2013年の初日の13日だけで3万人が来場したと言うことです。

「バンコク国際貿易展示センター」の広い6部屋の会場に散会している展示者の数は770社で48ヶ国から関係業者がもっとも得意とする、施設、機械、物品など、畜産、養鶏、水産養殖の技術の先端が一堂に展示されている模様は、この業界に生きる人にはさまざまな参考を与え、将来展望の基礎にもなったでしょう。

私はラッキーなことに、鶏卵食肉産業に60年近く関係し、産業が拡大してきた歴史を半世紀以上身をもって体験していますし、また客観的に観察もしてきましたので、ここまで歩いてきた過程もそれなりに熟知しています。

その間、育種改良の進歩は驚異的で、ことに鶏卵、鶏肉の生産性の向上は目を見張るばかりです。

1羽の採卵鶏が1年間に生産する卵の数は、60年前は230個でしたが現在は330個と増えていますし、鶏肉(ブロイラー)においては、2.5キロの体重にするのに80日要したものが40日で達成されるよう改良され、さらに飼料の摂取量も2分の1に節約されました。

それがため「卵は物価の優等生」と褒められ、鶏肉もいつでも安価で手に入れることが出来る商品となったのです。

豚肉産業の改善も、人工授精技術の進歩や希釈液の改良で、子豚生産が飛躍的に増大し、肉豚の増体重、飼料効率向上とあいまって、安価で買い求めやすい価格で消費マーケットに提供でき、おそらく長い間豚肉は値上がりしない状態です。

これらは、育種改良の進歩と生産の大型化と合理化が生産原価を引き下げ、消費者はそのため経済的に有利な鶏卵と食肉を堪能できました。

その反面、経営的に成り立たず、この産業から撤退せざるを得ない農場が続出、淘汰と集約化で現在が成り立っています。

しかし拡大と合理化だけでは解決できない問題が多く噴出し始め、ここに来てこの産業はさまざまな解決しなければならない課題が発生、さらに大きく変化を求められています。

その第一は生産物の安心と安全を標榜すること、第二に食料としての飼料の要求量を減らすこと、第三に家畜が出す臭気と害虫をどうして減少するかの公害対策です。

今まで生産物を如何に安く作るか、安く作ることで利益を確保できるか、それには大型化機械化が必要だと、人間本位の生産面だけで経済性と生産性を求めたため、動物の生理と環境が忘れられ、その反動で、流行性の伝染病はじめあらゆる病気の発生を招いたのもこの拡大化でした。

鳥インフルエンザや豚や牛の口蹄疫に代表される法定伝染病はじめ、サルモネラ、病原性大腸菌、カンピロバくター、リステリアなど人間への感染が恐れられる病気の発生、そのほかさまざまな家畜独特な病気の発生で、この産業は苦労の連続でした。

それがため、病気の治療予防のために膨大な数量の薬品が使われていることも事実です。

この薬品の代表は抗生物質と抗菌剤です。

ご存知のようこれらの薬剤は、人畜共同で使用されるもので、もしこれらの薬剤が鶏卵、畜肉に残留していますと、それを食べる人間に薬剤耐性が現れ、同じ系統の薬品を使用する治療効果が薄れます。

これは重大問題で、人間の食料として生産した鶏卵、畜肉を食べたために、病気治療が不可能になっては困りものです。

これらは危険な肉と卵の生産となり、安くなった背景に薬漬けの管理があったとしたら、消費者は当然のこと敬遠します。

今回の展示会場でも、薬を使わず安全な製剤で健康な動物飼育を目指そう、のテーマの展示が目立ちました。

われわれは日本で20年前からそれを実行し、安全性を目指す農場から理解を得られ、無薬の鶏卵、畜肉の生産の資材として、納豆菌、乳酸菌を強度に活性を高め、病気を予防治療まで可能な生菌剤「サルトーゼ」を作り、日本一の市場性を持つようになりました。

この商材はVIV ASIAの来訪者の注目するところとなりました。

それは何処の国も同じく国民の健康を考えたとき、薬漬けの畜産が如何に問題かを熟知しているからです。

韓国、台湾はじめ東南アジア、西アジアの国々から、また中東各国、さらにヨーロッパからはさらに強い関心をいただきました。

次に公害問題の対策です、畜糞の臭気は発酵堆肥を作るときさらに強烈で、地域住民とのトラブルが絶えません。

その解決に、私たちは日本で実績を上げている、天然のフルボ酸を勧めています。

飼料の効率的な利用は将来の穀物不足を視野に入れたら等閑視出来ない問題で、今後飼料原料を発酵や酵素触媒などで消化促進が出来る、新しい技術を開発の必要が出てきますし、食べ残しの残渣物の利用など、畜産を取り巻く将来は、なお一層の研究が必要でしょう。

これに加えて最近、動物飼育に対する環境改善です。

すなわち飼育する条件を人間本位の考えから、動物本位に変えて、狭い場所にぎゅうぎゅうに詰め込む飼育状態から、動物がゆったりのびのび暮らせるスペースを作ること、あるいは鳥かご(ケージ)飼育や、豚房のストール(狭い柵)など、動物が好まない環境で飼育することを、条例で禁止する国もかなり出始めました。

動物愛護の「アニマルウエルネス」の精神で、そのような環境で飼うことが、肉になる運命の動物でも、生命の維持に快適な条件を与えることは、誰も反対できませんが、コスト的には経費がかかることはやむを得ないでしょう。

残念ながら大型化、合理化、集約化の流れとは若干異質のものですが、有機的な鶏卵、鶏肉、豚肉などはこんな条件で飼育したものだけが、有機認定されるようになるのではないでしょうか?

VIVの展示会もそんな情報を公開し、未来志向の知恵を交換し、国境を越えた同業者同士の友好が成り立てば、大変意義のあるものでしょう。

これは畜産と水産動物の展示会ですが、あらゆる産業が新しい情報を公開する展示会は、世界的に隆盛のようです。

ことにさまざまな国から情報を求めて集まる展示会は、平和を象徴するもので、より安全で安心な畜産物が世界的に生産流通することは、人類の究極の願いです。

台湾、インド、タイを歴訪して(3)

   ~発展途上国返上、タイ経済の発展と活気~
    (豊富な食材でかもし出すタイ料理の美味)


数多くある入国審査のカウンター前は、どれもこれも40人50人と長い行列、遅々として進まない審査手続きに苛立った、タイ訪問の初日が始まりました。

タイのバンコク国際空港「スワンナプーム」への到着は早朝の6時30分、インドのバンガロールから4時間半ほどのフライトですが、睡眠がよく取れず、寝ぼけた頭と疲れた体で、ごった返す旅行者の渦に翻弄され、「おいおいこれはどうしたことだ?」タイの入国審査は外国人旅行者に対し不親切、こんなに時間がかかるとは大変失礼ではないか。

26年前から何十回となく訪問し、友人も多くいる親タイ派の私ですが、この早朝の喧騒と30分以上も待たされる入国手続きに、いささか怒りが沸いたほどです。

もっともこのスワンナプール国際空港は、面積では成田空港の4倍近く、空港ビルディングの広さは56万平米を越える世界一の面積を持っているアジア最大のハブ空港です。

ヨーロッパ、アフリカ、中東、南アジア、オセアニア、アメリカ西海岸、日本、韓国、中国などから、前日の午後から真夜離陸した航空機が、早朝一編に到着するスケジュールになっているので、入国審査カウンターが70以上あるといっても、大変な混雑が発生します。

これら入国者は半分が観光、半分がビジネスのための訪問と思われますが、このようにタイを訪れる外国人の数は年々増え続けています。

それと言うのもタイは、いま旬を迎えた発展著しい途上国で、観光資源を沢山持ち、バカンスにはもってこいの設備の整ったリゾート地も完備し、ましてそれが安価で過ごせる魅力がありますので、休暇をタイで過ごそうとする外国人も沢山います。

さらに産業の発展は、世界各国から外貨を集め、工場を誘致し東南アジア一番の工業製品の輸出国に変貌しようとしています。

理由のいくつかに地理上、地政学上東南アジアのほぼ中央に位置し、良質な労働力と、タイ人の優れた国産感覚、急激に整備されたインフラストラクチャー、民主主義の何にも梗塞されない自由体制、などがあげられ、外国人も住みやすい環境があります。

それゆえビジネス目的での訪問者も多く、さらにタイ在中の外国人の数も東南アジア一だと思います。

ゆえに個人的にはこの国は、すでに途上国ではなく、立派な経済大国と思いたくなるような、全てに活気がみなぎっている今日この頃です。

一昔前のタイは農業国で、輸出製品も農業産品が多かったが、現在は輸出の90%が工業製品に取って代わっています。

産業構造はいまだ農業が40%、製造業は15%ですが、GDPに占める位置は、農業12%、製造業35%と逆転しています。1人あたりのGDPは5000USドルを越えています。

しかし、この国は政治的な混乱がここ何十年となく続き、発展のブレーキになっていることも、皆さんよくご存知でしょう。

いま国外にいる元首相タクシン派と、反タクシン派との間で、赤シャツと黄色シャツに別れ、国を二分する政治闘争が1昨年まで続いていたことを皆さんがよく知っていると思いますが、あのような闘争がなかったらもっと充実した、国家となっていたでしょう。

もう一つ、昨年夏から秋にかけて発生した、チャオプラヤー川の氾濫による洪水がなかったら、昨年の経済はもっと発展していたでしょう。

しかしあのような天災がありながら7.8%の成長率を上げる底力がタイにはあります。

ご存知のよう、日本企業のタイ進出は1300社を超える数で、昨年の洪水につかり被害を出した工業団地の企業は、ほとんど日本から投資移転した企業の工場でした。

その被害にもめげず、タイ産の日本ブランド商品はアジア諸国はもとより、本家の日本へ逆輸出されている事実は、タイの労働者の質の高さと生産性の素晴らしさを証明する事になります。

私とタイ国との付き合いは足掛けで27年になります。

タイ産の鶏肉と焼き鳥を生産し、日本に輸出する仕事のお手伝いをすることからスタートしました。

それから70回ぐらい、韓国、台湾に次いで数多く訪問してる国で、知己友人も多くいますし、タイの皆さんのやさしさ、タイの食事の美味しさ、タイのホテルの快適さ、全て気に入っています。

さらに加えれば、ものすごい暑さと、交通の渋滞とガソリン臭さがなければ、もっと好きになれるでしょう。

ことにタイ料理は中華風な雰囲気を持ち、程よい辛さとスパイシーな風味、新鮮な海産物が私の好みに合います。

その食事を楽しみに、レストランを選び、ホテルを選定しています。

私の最近の定宿は、ラチャダーピセーク(Rathadapisek)通りにある、エメラルドホテルです。

以前は日本人に馴染みの繁華街タニヤ、パッポンがあるスリオン通りの或るホテルでしたが、交通渋滞で時間が無駄になる理由で、15年前ほどから昔の国際空港ドンハンに近く、交通の便利性も考えラチャダー通りに変えました。

このホテルはなかなか便利で地下鉄駅が目の前だし、近くにロビンソンデパートがあり、まして気に入ってるのは、周囲にいくつもの美味しいレストランがあることです。

今回もその一つ、カニ料理で有名な「ソンブーンシーフードレストラン」に当地の代理店の社員2名と、わが社4名の合計6名で夕食を食べに行きました。

この店の本店はサイアムスケアー近くで、各界の有名人が訪問する名店で、日本人としてはタイ王室と関係の深い秋篠宮や、小泉元首相などが訪れたこともあるのが自慢のようです。

私たちが食事したのはその支店ですが、4階建てのビルに客席400を超える大きなレストランですが、この日も超満員の盛況でした。

それだけ食い物の味にうるさいタイ人の舌を魅了させる、秘伝の味がこの店の料理にあると思ってもいいでしょう。

私はすでにこの店には何度となく通っていますので、どんな料理が私の舌に合うか、また同伴する日本人には何を注文したらよいか、大体経験的に分かります。

なんと言ってもこの店の代表的料理は、ストーンクラブ(石蟹)のカレー味の卵がふんわりかかった炒め料理で、名前をブンバッポンカリーといいます。

人数により大振りのカニを、2匹、3匹と使い、食べやすいサイズにカットし、カレー炒めの後卵をかけた料理ですが、その味の微妙な風合いは、多くの日本人の舌には合います。

さらにそれを上回る味と思えるのが、20センチ以上もあろうかと思われる大型のシャコのガーリックフライです。

ニンニクとナンプラーの味がマッチし、大型のシャコの味を一段と引き立てさせます。

日本ではなかなか味わえない醍醐味です。

同伴しているわが社のスタッフたちも、異口同音にその味には感嘆します。

そのほか白身魚の蒸し物、タロイモの裏ごし団子のフライ、空芯菜の炒め物、白エビのボイル、そして最後にデザートとしてマンゴーとココナッツミルクで炊いたもち米のカオニャオマムアンとなります。

このマンゴーのデザートはことに日本人の好むところで、最高級のマンゴーの芳醇な香りと甘さ、ココナツ風味の甘味なもち米の歯ごたえは、まさに南国エスニックの味となります。

そのほかスープとあと一品、タイ米のサービスがつき、ビールを6本ほど加えて、6名で約4000バーツを少し越える値段、日本円で1万2千円ほどの安さ、ちなみにカニカレー炒めが一番高くて2500円ぐらいです。

翌日代理店の社長に招待されたタイ料理レストランでは、仔豚の丸焼きが出ましたが、おそらく日本円で3000円ぐらいでしょう。

タイには中華料理の店も多く、北京ダックを食べさせる店、フカヒレ専門店などなかなかの味を演出する店がありますが、日本のようには高くなく、北京ダックで1羽2000円から3000円で充分です。

ところで私の年齢になりますと、こんな料理を毎日食べていたら病気になります。

「昼は簡単なものにしよう」そんな要望に同伴者も付き合ってもらって、タイ名物の屋台などでどんぶり1杯の麺類ですごすことがあります。

今回も、となりのスーパーマーケットのコンコートにある、いくつも出展している店内屋台的な店で、米の粉でできた麺のセンミー、センレック、コイテオなど、丁度かけうどんのようなスープ麺として食べて、体の調整をします。

1杯日本円で130円ぐらいの安い食事ですが、このスープの味は捨てたものではありません。魚介類で摂ったスープにナンプラーと唐辛子の味が、妙にマッチし美味しさをかもします。

こんなことを書いていると、タイに食事のために訪問したように見えますが、いやいやしっかりとビジネス相手と、宿泊しているホテルで何回か会談をしています。

そして先方と真剣に討議した内容は、農作物、鶏肉、養殖エビなど日本に輸出している食品の安全を確保するために、私どもの薬に変わる畜産の生菌剤と、農産物への有機フミンの使用を進めました。

その後、帰国した我々に対し、タイサイドから新しい動きが起りそうな気配なので、タイ産の輸入食料品の安全性が一つずつ改善されることを期待しています。


台湾、インド、タイを歴訪して(2)

  ~発展途上の国インドは農業大国~
   (日本と日本人に寄せる、親愛の情)


「昨年の災害から約1年たちますね、復興状態はいかがですか?」

インド南部の都市バンガロール郊外の、閑静な高級住宅地に新築された私どもの取引先の経営者のシド サリール(Syed Saleel)さんの豪邸に招待され、その両親、兄弟、子供たちから大歓迎されたときに、誰言うともなく東日本大震災の被害と、その後の様子について心配しての言葉を多く聞かされました。

「ご心配ありがとうございます。残念ながら復興はいまだ完全ではありません。地震と津波で家を失った人たちは、仮設住宅住まいか、ほかの土地で生活しています」

インド人の全てではないでしょうが、日本の3.11の被害の大きさを心配し、また日本人に対する親近感が高いので、その言葉も真心がこもります。

それゆえに、日本の震災に対する哀悼の意味も、社交辞令的なものではなく、心から発したもので、私たち日本人としてはその心遣いに感謝の気持ちで答えるしかありません。

昨年9月、バンガロール市内のホテルで開いた、私どもの商品の説明会と、インドO.L社との間で取り交わされた契約の発表会の席上でも、招待された各界の代表者や、大学の教授陣、代理店の社長、新聞記者たち全てが、日本の大災害とそのとき犠牲になった人々へ、思いをはせて全員で1分間の黙祷をささげていただいたのを思い出します。

「日本の経済はどうですか?、災害での影響は?」

O.L社の社長のアンザール(Anzar)氏が聞きます。

彼はまだ40歳を少し越えた精力的に活動する青年実業家で、招待していただいた40代後半のサリールさんとはいとこの関係、両親同士が兄弟と姉妹といいますから、いとこと言うより兄弟みたいなものです。

「災害の影響はあります。ことに原子力発電所の崩壊による放射能の被害は深刻です」

「そうですね、私たちも報道で知っています、核は問題を起こしたときが怖いですね」

「インドの原子力発電はどうなっていますか」

「一番は火力、石炭とオイル、水力、原子力はまだ数パーセントです」

との答えですが、インド政府はこれからの電力供給を、原子力に頼る計画があり、聞くところによりますと20基ほど設置する予定のようです。

しかし彼らは、その経緯には触れず、火力発電が主力といいます。

インドの暑い陽射しと降雨量の少なさ、国土の広さと遊休地の多さから、太陽光発電など格好の自然エネルギー供給国になれると思いますので、問いだ出しますと。

「太陽光は分からないが、風力発電の計画はあります」との答えもありました。

インド経済の発展には電力の供給は欠かせない条件だけに、私たちも関心のあるところです。

そんな会話が夕食会をはさんで続きます。

インドと言うとカレーの国とのイメージがありますが、家庭料理の夕食会での品々には、カレーのようなスパイシーな料理は一つで、小麦粉のクレープに似たチャバティーにつけて食べる味は、その家の独特なスパイス配合が妙味なのでしょう、また違った風味を感じます。

蒸し焼きのタンドリーチキン、スパイスの効いたサラダ、魚のすり身のフライ、香辛料の効いたフライドライス、ヤギ肉を使ったスパイシーなスープ、炒めた野菜などなど、大きなテーブルいっぱいに並べられたインド料理に感激しながら、異国の味覚を堪能しました。

サリーヌさん一家の心温まる歓迎に感謝です。

この会社はそもそもインドハーブと植物性機能食品の原料開発製造販売が主力で、当然日本も大きな顧客の一つです。

どうも言葉を濁した内緒話ですが、日本の大手健康食品会社の機能性植物製品のいくつかは当社製のようです。

もっとも製品の確かさと、有効成分の多さ、無農薬など間違いのない原料であることが重要です。

私どもはこの中の無農薬ハーブ生産に寄与しています。

というのも有機農産物に最も効果的な、天然のフミン酸と液体のフルボ酸をこの会社に紹介し、無農薬はもとより無化学肥料のハーブ生産にお手伝いしている関係です。

この天然のフミン、フルボの電解質有機酸は、インドの赤茶けた大地に非常にマッチし、完全無農薬と減肥料で、収穫量が格段に上昇したので喜ばれました。

日本の国土の8倍の広さがあり、耕地面積はそれを上回り世界一ですし、主要穀物の米、麦、野菜果樹は世界2位、大豆、菜種などの植物油原料作物も世界2位の生産量です。

大豆を含め豆類総合では世界1ともなります。

しかし残念なことに、これら作物生産に農薬と化学肥料はつき物で、そこにインド産農作物の輸入を躊躇する国々が多くなる理由があります。

もし天然フミン物質がこれら作物から農薬を減らすことができたら、インド農業にとって福音です。

私どももインドの発展に寄与できたらすばらしいとも思いすし、その成果がインド国民の生活向上にまで波及すればもっと感激です。

さて今回バンガロールに訪問の私たちの目的は、当地で開催された畜産の展示会への出展によるものです。

市内を外れた展示場は、インドの畜産業者、関係者はもとより、近隣の国々からの来場で賑わいましたが、アメリカ、ヨーロッパ、あるいはタイのバンコクなどで開催される展示会と比較して、来場者の数は少なく畜産関係者の関心が低いのかと感じました。

しかしながら統計的には牛の飼育頭数は世界一ですし、牛乳の消費量も世界一です。

食料用のヤギ、ヒツジの数も多く、最近は鶏肉生産も急速に増加しており、私どものブースへお見えになった、バンガロール近くのブロイラーインテグレーター(食鳥統合生産会社)の一つは、年間約5億羽の生産をしていました。

もっともインド一番の生産量ですが、日本全体で年間6.5億羽の生産量に近い数量を、一社で生産してることになり、その他の生産会社全部の数量を換算したら、おそらく20~30億羽を越えるでしょう。

宗教上養豚産業はほとんどないのではないかと思われましたが、国全体で年間1700万頭の生産があると聞かされて驚きました。

全国レベルで見ますと、少ない畜産動物の数ではありませんが、入場者の数は3日間で8000人と主催者の発表は、決して多くはありません。

もっとも面積の広いインドのこと、南部の都市バンガロールでの開催には、距離的に参加できない関係者も多いでしょうし、牛が多いといっても、広い意味で農家で飼育されている水牛なども含まれますので、産業としての企業組織的発展度は、日本とは違うかもしれません。

ただし世界2位の人口を持ち、年率8%の成長を続けるインドですし、自給飼料も豊富な現在、畜産生産物の優位性は日本の比ではありません。

将来的に畜産、養鶏の生産は飛躍的の伸びるでしょう。

私どものパートナーO.L社も、新しく畜産部門を立ち上げ、私たち日本からの技術と製品を、インド市場に積極的に紹介する予定です。

やがて、ブロイラー肉、鶏卵、豚肉の輸出国になることも考えられ、ことに鶏肉は近くの中東諸国は需要の多い消費地で、インドの地理的優位さは魅力です。

展示会二日目に会場を視察したバンガロール市長とも握手し、日本から唯一の出展者であるわが社の存在を認識してもらい、インドの畜産発展に尽力している姿を見てもらいました。

このバンガロールと言う市は、500万を超えるインド第三の人口を持つ大都市ですが、市内の道路など交通網は不備で、建設中の高速道路、あるいは地下鉄の工事もなかなか進捗しない状態で、工事現場から出る埃で街中塵埃の中に埋まる感じです。

これらの交通網の建設には日本のODA(Offical Development Assistance 政府開発援助)の資金援助と借款がなされ、バンガロールの地下鉄建設にも複数年にわたり650億円以上の日本からの援助がなされているはずです。

ただそれだけではなく、電力供給配電システム、上下水道整備などはすでに400億近い額が貸し付けられていますし、インド全体では円借款で3兆円を越え、無償援助、技術援助などで数百億円と、インドへ対する日本政府の思い入れは強いです。

だだし多くのインド人はそんな事実は知りませんし、まして日本人はさらに関心がなく知らないでしょう。

しかし日本の国際援助は世界の発展途上国には、大いに役立っているのですが、現地国民にアピールする方法が下手なため、目立ちません。

ODAの資金も我々の税金、もっと使った成果を強調してもらってもいいでしょうし、そんな地道な活動が、世界の国々との友好の架け橋にもなります。

民間の私たちの小さな国際交流より、大きな金が動く国際借款に対する日本国の力量のほうが目立つはずです。

しかし本当の心のこもった国民との交流と親善は、私たちのような仕事を通じてでも、小さいながら親密さが出るかもしれません。

5泊6日のインドでの仕事を終え、真夜中12時発のタイ航空でバンコクに向かいました。

次回はタイについて。

台湾、インド、タイを歴訪して

   ~経済発展の著しい国々の表と裏~
   (親日家が多い台湾の人たちの複雑な過去と現在)


2月の中旬以降、約15日間にわたり台湾、インド、タイと連続して訪問しました。

訪問したそれぞれの国と私たちは、仕事上のお付き合いがあり、それぞれの国でそれなりの成果を上げてきた過去があります。

仕事上の話は別にして、これら訪問した国々は、アジアの中でも経済的に発展が著しく、あるいは今後発展が予測される国々ですので、国情の違い、歴史の違い、民族性の違い、習慣の違いなど、事情の違う経済発展の過程を知らされながら、私自身それぞれの国から学ぶことも多かった旅でした。

いまアジアの時代とよく言われます。

世界人口の二分の一を占め、近い将来経済の主導権もアジアが握るだろうと推測されている中で、台湾、インド、タイそれぞれも経済的な伸びはすこぶる好調で、台湾の10.8%を先頭に、インドの8.6%、タイの7.8%と対前年比では、順調にまた安定した伸張率を示しています。

経済的に伸びが止まってしまった日本の2%にも届かない経済成長率や、アメリカの2.5%と比較しても、時代は次第に新興国にまたアジアの国々に変わりつつあることも感じます。


「台湾と台湾人の考え」

ことに台湾は、中国との間で歴史的にも政治的にも複雑な諸問題を抱えながら、国民の努力とたぐい希な経済感覚と優秀な頭脳で、国民一人当たりのGDP所得は$18558(2010年)と中国大陸一人当たりのGDPと比較して約10倍の違いとなり、いまや経済的に豊かな先進国の仲間となっています。

私の初めての台湾訪問はいまから43年前、37歳のときでした。

1970年代の台湾は「大陸反攻」とか「打倒共産主義」などのスローガンが、街中いたるところに散見され、戦時下の緊張感すら感じるほどでした。

その後、私と台湾の関係は、畜産の業務を通じ、また技術交流を通して、さらに有機畜産に必要な生菌剤の開発など、数え切れない訪問を行い、おかげで沢山の知己友人ができたことが私の財産となっています。

今回もそんな古い知り合いに30年ぶりに面会したり、気心の知れた同世代と、お互い昔話に花が咲かすことができました。

それと言うのも66年前まで日本との深い関係があり、幸いにも日本人と日本語に理解をもっている人々が、沢山いらっしゃるので交流が生まれたのでしょう。

さらに、初めての訪問から43年たって、その頃の国家管理社会が嘘のように、実質的には独立した民主主義の自由な国家となり、国民一人一人が自由で拘束されない思想と意見と、それを行動に表すことができる、豊かな国に変貌したこともあげられます。

しかし今日の自由な意見交換ができるまでには、台湾は台湾の人々は、厳しく悲しい現実と絶えず対峙した過去があります。

1945年日本の敗戦により、日本は台湾の統治権を放棄し、代わりに中華民国国民党の支配するところとなりましたが、それに異を唱え、台湾を独立国にしたいと願った多くの台湾生まれの人の思いは、新支配者の武力的弾圧で、多くの犠牲を伴って潰え去りました、その時の無念さを心に抱き、独立の思いを持ち続ける人は、現在まで沢山いるようです。

さらにその後、中国大陸との間で政治的、軍事的な軋轢の中、1971年共産中国が国連に加盟、自動的に台湾は国連を脱退し、中国と言う国の主権は大陸へと変わりました。

その以前以後を通し、約半世紀以上に亘って独立はおろか、台湾の国際的立場は、揺れに揺れてきた歴史的事実があります。

中国大陸の中華人民共和国との間で争う台湾の中華民国は、台湾国土と台湾在住民すべてを、政治的に軍事的に統括し、ある時期厳しい戒厳令状態の国家統制が行われ、自由な発言も行動も制限されました、台湾生まれの人々の意識の中に、その頃の古傷が黒い渦となって、今でも心の隅に残っているのも確かです。

2012年1月15日に、台湾の政治主権を決める総統選挙が行われ、国民党の馬英九代表が大統領に選ばれました。

この国民党は1947年大陸から逃走してきた、蒋介石総統が率いた中華民国が出発点の政党で、中核をなしている党員は、そのとき本国から蒋介石主席と行動をともにした人々かその子孫です。

もっとも中国は中華民国が正統だとする人々も台湾の中に多く、その意識化でグループが作られて一つの政治勢力になっているようで、そのグループを藍連盟(ブルー)といい、その逆に台湾は独自性を持った国家相当の地域で自由地区だという緑連盟(グリーン)とに大きく分かれています。

これら全ては、中華人民共和国(大陸中国)を意識する、台湾の位置づけに対する見解の相違から出ています。

さらに話を進めれば国民一人一人のアイデンティティー(Identity)の問題になります。

私の勝手な解釈ですが、ブルーの人は中華民国人としての意識で、グリーンの人は台湾人という認識となります。

この考え方の根底はかなり複雑で、考え方の相違がありますが、どちらも共通している思いは、共産社会主義は大嫌いだということと、再度大陸に反攻して、中華民国を再興できるとは思っていないことです。

ご存知のよう現在の中国大陸との関係は、まず経済が先行し、たくさんの資本と技術が海を渡って、中国大陸の経済発展に寄与していますし、大陸からの観光客も大挙して台湾に押し寄せています。

私が初めて訪問した頃の緊張はすっかり様変わりしていますし、政治的にも対立から融和へ舵が切られのではないかと見られますが、台湾人の本根は今でも独立を望みながらも、台湾の独自性と民主的な思想を堅持し、現状の両国関係を維持することが賢明としているようです。

多くの台湾人が現状の状態が続くことが、もっとも平和的で摩擦がなく安全と見ている気持ちが強く、その結果が現状維持を訴えた国民党の馬英九が再選されたのではないかと思います。

しかし時代は変わり、世界情勢も刻々と変わります。

台湾と中国の関係もどう変化していくか誰にもわかりません。

ただ現在台湾の人が持っている気持ちはそんな悠長なことではなく、今日の安泰が明日の緊張に変わる事もある心配です。

その心も私は私なりに理解しています。

ただし台湾には大きく分かれる二つの流れがあります。

それは、第二次大戦以前から居住していた台湾育ち(内省人)と、戦後大陸から逃れてきた中国生まれ(外省人)の系統です。

この人たちの心の中の台湾国土に対する郷愁と思い入れは、また異なるかもしれません。

台湾の人には二重国籍や、外国の永住権(グリーンカード)を持つ人がかなりいます。

さらに政治的支配の強かった時代に自由を求めて他国へ移民した方も多くいます。

その背景は、ご存知のよう大陸中国との角逐の危険を感じたからでしょうし、また閉塞的な台湾を離れ、自由社会でのびのび生活したい欲望からかもしれません。

生まれた土地に対する愛着、故郷へ対する郷愁は、人間の本性の中にあります。

他国に移住しても生まれ故郷は恋しいものです。

そんな生まれ故郷を捨てなくてはならなかった、その昔の台湾の人の悲哀が少し見えます。

国籍とか市民権とかは、人間が生きていくうえで現在の国際条件の中では重要です。

世界は一つ人類はみな兄弟と言っても、国と国との間にはいろいろな利害得失があり、ルールもあります。

台湾の友人や知り合いに、「海外旅行のとき、国籍は何と書きますか」の質問に「TAIWAN」と書きますとの答えが圧倒的に多いです。

それと言うのも中華民国(ROC)と記述しても、認められず入国できませんので「TAIWAN」とか「CHINA TAIPEI」と書きます。

というのも中華民国と言う国との国交がなく、中華人民共和国の手前、中国は一つの国の前提でROCは認められないが「タイワン」と言う地域の人は認める、そんな便宜を国際社会は図っていることになります。

国際的にはオリンピック参加など「Chinese Taipei(チャイニーズタイペイ)」とか「Taipei China(タイペイチャイナ)」と表記するのが通例のようですが、「Taiwan」と書いても問題ないところに、国際社会は暗黙のうちに、台湾の存在を一つの独立した自治区、あるいは国家同等の資格と認めていることになります。

もっとも台湾の人の中には「TAIWAN」と積極的に書くことにより、自分たちの置かれているあいまいな国家意識を、強く認識確認している人もいるようです。

この台湾ですが私たち日本人にとってはうれしい国です。

それと言うのも親日家が多く、日本と日本人をよく理解してくれる人が多いからです。

NHKの海外放送、BS放送の視聴者も多く、有線テレビでは日本の民間放送の台湾版がよく放送されますし、日本のアニメや漫画の台湾版は子供たちを喜ばせ、街中にあるカラオケ店やスナックのカラオケには、たくさんの日本歌謡が用意され、またその歌を巧みに唄う台湾の方が実に多いです。

前述したよう66年前まで台湾の人は日本国民として、日本語は国語であった過去もありますが、中華民国に編入された初期、日本語の使用禁止で厳しく取締りが敢行されたことが、嘘のように現在は日本語が氾濫します。

それはとりもなおさず、その昔日本語で生活した人たちが老人となったがいまだ健在で、その子供や孫までが、なにかの機会に日本語に接してきた家庭生活があり、日本に対する親しさを覚えてる人が多いことも感じます。

古い友人の一人、台湾を代表する養鶏農場の社長は「日本から私たちは学ぶことが多くあるし、世界の中では代表的な先進国で、信用できる国だ」と信頼を寄せてくれます。

さらに「私の子供、そして孫、全て日本に留学させました。日本人の考え方、習慣、教養、文化、言語を学ぶことは、将来きっと役立ちます」日本人としては身の引き締まる言葉です。

昨年3月11日の大災害に対する、200億円に近い義援金の多さを見ても、台湾国民の日本と日本人に対する思いやりの強さを感じます。

私が今回面会した養鶏関係者も「私たちのグループも義援金募集の先頭に立って努力しました」との言葉には、いまさらながら頭の下がる思いです。

まして農村地帯の田舎でそれほど豊かでない地方の方の中にも、日本人の苦境を救おうと言う気持ちを持つのは、日本に対する感情の温かさと思い入れがなければできないことです。

改めて感謝の気持ちいっぱいです。

そんな台湾との関係は、今以上それ以上親密にしていく気持ちですし、日本人一人一人が台湾の置かれている実情を理解し、この国の人々とより一層の友好関係を構築したいものです。

次回は新興国の代表インドについて触れましょう。

「アジアの新しい風」と留学生

   ~アジアと日本をつなぐNPO法人の地道な働き~
   (アニメと漫画が日本留学へのきっかけ)


   風は見えない でも風は揺らす みどりの木々を

   風は見えない でも風は運ぶ 花のにおいを

   優しい風が 言葉を伝え 理解を深め 心をつなぐ

   手に手をとって 歩こう前に 新しい風に乗って
    

東京広尾にある「JICA地球ひろば」一階ホールの正面スクリーンに、高橋雪子さん作詞「U.ゆう」さん作曲で自ら歌う「アジアの新しい風」のテーマソングの美しい歌声が響きます。

2012年1月22日、認定NPO法人「アジアの新しい風」の新春交流会の会場は、この歌声に誘われるよう、集まった会員メンバーと東南アジアからの留学生で盛り上がっていました。

留学生代表の流暢な日本語での開会の言葉に続き、「タイ、ベトナム、中国からの留学生を交え、楽しい懇談の会にしたい」と主催者の挨拶のあと、まず会場正面に呼び出された、中国、タイ、ベトナムからの留学生代表8名ほどの、日本語を習うきっかけの動機の発表から進行が始まります。

ご存知のよう、海外から日本に留学して、日本語ならびに高い教養と知識を学ぼうとする動機は、大きく分けて二つに分けられます。

一つは純粋に日本語に興味を持ち、日本語を知ることによって日本の文化や歴史の研究を志す人、もう一つは日本語をならってビジネスに役立てたいというものです。

ことに1980年頃からの日本の経済発展の目覚しさを見て、日本語の勉強を通じて、日本の科学技術と経済経営の手法をマスターし、自身の経済的自立に役立てようとの意識で、日本語勉学の風潮ができましたが、最近は就職優位の目的志向だけでなく、総合的な学問として日本語を習おうとする機運が出てきたようです。

今回の留学生の話も、就職のため、あるいは日本経済の仕組み、日本語への興味など、月並みのものもありましたが、いままでの常識を超越した、新しい考え方の答えがいくつもあり、この会に関係し参加している留学生のユニークな面に、私自身が興味を惹かれ、新しい発見の喜びを感じました。

私がこのNPO法人「アジアの新しい風」俗称「アジ風」の仲間に入ったのは、足掛けで3年前ほどです。

ある会合で、アジ風の現理事長代理で事務局長の、上 高子(うえたかこ)さんのお話を聞き、この会の趣旨と目的に賛同したからです。

このNPO法人は2006年設立されたまだ新しい法人ですが、その設立の趣旨は、アジアの若者に日本語教育を通じて、日本の文化、社会、歴史を理解してもらい、人々の交流の中から、あわせて相互の平和が培われ、友好親善が醸成されることを目的としたもので、文字通り民間の草の根運動を代表するような海外交流組織です。

具体的には、日本語教師の現地大学への派遣、日本語学習の支援、日本在住の留学生との交流、各国大学で日本語を勉強している学生と会員との、電子メール交換による「メル友」付き合い、そのやり取りを通して正しい日本語教育を助ける、通称「アイメイト」会員交流、さらに現地日本語教育現場への会員の訪問による親善など。

そこには政治も政府干渉も国家間の外交政策の影もなく、ボランティア的でひた向きな人間愛から出発した有志の、非営利機構NPOの精神そのものの善意団体の姿であり、この地道な行動が実り、着実にその実績を積み上げています。

事務局長の上高子さんは「アジアの若者に日本と日本語を理解してもらうだけでなく、日本人がアジアの国々を知り、自分達の立ち位置を知ることも大切です」と言います。

その通り、私も長い年月アジアの友人達と交流があり、日本人としてアジアの方々との親善は欠かせないものと深く感じています。

日本人は往々にして西洋文化と西洋人に対しては、心のどこかで何かコンプレックスがあり、その反動でアジア人に対しては優越感を持つ性癖があります。

また経済的な優位性を表面に出して、慢心する浅薄なところもあります。

明治以来の文明開化の風習か、ハイカラへの憧れか、体質的に日本人がDNAのなかに、人種差別的な行動が潜在的にできたことを私は感たことがままありました。

しかしこれからはこんな考えは捨てなければいけません、世界的な常識としてアジアの時代と言われ、日本人と日本語をアジアの人々にもっと理解してもらうことが大切になります。

それにはこのアジアで、日本がある意味で尊敬されなければいけません。

経済力や技術力だけでなく、人間的に畏敬される人格を持った日本人を、養う必要があります。

そんな意識の啓発を、このNPO法人が先鞭をつけているともいえます。

会員の多くは定年退職されたような年配者が男女ともに多いですが、この年代の人が持つ円熟した人生観とマナーが、若いアジアの留学希望者の心に、日本人の印象として残るのは大変結構と思います。

日本をよく知り、日本語も日本人と同様ぐらい堪能になり、立ち居振る舞いから行動、社会生活での礼儀作法など、日本人が持つ自然に備わった体質的な節度を、留学生にも持って貰うことを希望しますが、これが難しいことのようです。

入社試験で日本語能力から知識まで、抜群の才能を持ちながら「ちょっとしたところに日本人の立ち居振る舞いと違い、また人への接し方の奥ゆかしさが感じられない、本質的なマナーの心の相違だろう」と、嘆いていた経営者がいました。

しかし、そんな難しい日本的なマナーも、この人生経験の豊富な熟達した年配者から、知らずのうち学び取ることも可能でしょうから、この会の構成年齢の高さもメリットになるでしょう。

ところで留学生は青年です、若い感性は日本の若者との交流を望むでしょうし、若者同士の中から次の新しい日本的マナーも作り上げるのも大切です。

この会もやがて、若者が多く集まることを、年配会員の一人として期待しまた願いもします。

ですが目下は、社会的にも経済的にも余裕のある熟年の尖兵が、日本の良さを紹介する二枚目俳優の役目を担いましょう。

さて留学生を交え、8-9名のいくつものグループに別れ、懇談会が始まりました。

私のテーブルには中国とベトナムからの女性留学生二人が着席、キラキラした瞳に年配者と接する緊張を感じているようです。

「気楽にいきましょう」司会者の洒脱な話し振りで緊張をほぐします。

ところで私は、最初からある疑問を持っていましたので、早速に中国の留学生に「今日出席した留学生は皆さん女性ですが、男性の日本語への興味と日本への留学志向はどうなの?」と話しかけました。

北京の精華大学からの留学生のゴン(耿)さんは「精華大学の日本語学習コースは17名いましたが、男性は2名でした」との答えです。

このように日本語習得と日本留学に対する関心は、ほとんど女性であって、男性の外国語勉学は圧倒的に英語のようです。

その理由は簡単、英語のほうがより国際社会で役立つからです。

また早いうちから普通教育の現場で、英語は習い始められていますし、覚えやすい言語かもしれません。

そこに男性と女性の感性の違いを見ることができますし、現実的で功利的な判断で英語習得が優位性と見る男性と、心の豊かさと奥行きのある文化、日本語の美しさを知ろうとする、耽美的感覚の女性との価値観の相違を見た気がします。

さらに日本語への興味を抱いたきっかけが、テレビで放映された日本のアニメであったり漫画であったり、ジャニーズ系の日本の歌など、ポップカルチャーの世界から、日本文化を覗き見したところから発しているのも面白いです。

理知的価値観からの判断より、感性的、情緒的な感覚で日本語を勉強しようとしたようです。

古臭い私たちの年齢では考えられない動機でしょうが、時代が変わり動機も多様化しているのが現実です。

そんな潮流に私は何の抵抗もないタイプで、アジア諸国への訪問でも、その国の習慣と食事に溶け込み、現地の人たちとすぐに仲良くなれる特性を持っているつもりです。

「日本のお茶とお花を習っています」ベトナムのハノイ貿易大学からの留学生ホンさんの発言に誘われるように「私も習っています」と中国人留学生のゴンさんも応答します。

「これは日本の心を代表する伝統文化で『茶道』『華道』といって、厳しい形式美が要求されるもので、ことにお茶は礼儀作法の究極ですよ」との説明に。

「それだから習いたい」との答えはうれしい限りです。

もしこんな伝統文化を知り、その精神の豊かさと奥深さが分かったとき、この留学生たちは、現代の日本の女子学生よりより日本的な心を持つのだろうと期待します。

こんな市井的な交流の中から、お互いの国々の文化や習慣を知り、そこに在住する民族の心情を知ることが、本当の国際交流でしょう。

そうです、アジアの留学生をお世話するだけではなく、若い留学生を通して、日本人が新しい文化を見つけ出し、親しむ気持ちを持つことも涵養です。

日本の国是としても、国際交流と親善には、この留学制度の活用が最も現実的で実利的ですし、ことに若い感性は民族の壁を越え、友情が生まれます。

それが文字通り平和外交です。

聞くところによりますと、日本の文部科学省は30万人の官費留学生の受け入れの方針のようですが、目下は日本全体で10万人そこそこと聞きます、まだまだアジア諸国には、日本で学ぼうと言う機運に欠けている所もあるのでしょう。

さらに日本政府のPRも足りないかもしれません。

その欠陥を補うのがNPO法人{アジアの新しい風」のような民間団体の力でしょう。

さらに心ある民間人が、こんな地道な国際親善を知り、この団体に多くの参加者が集まったとき、それは力となって、さらに新しいアジアに風が吹き出すかもしれません。

そんな風の起ることを願いつつ、アジアの風のテーマソングの一節をお伝えします。


  風は見えない でも風は揺らす みんなの心を

  風は見えない でも風は運ぶ  あなたの願いを

  明るい風が 海を渡り山を越え アジアをつなぐ

  手に手をとって 進もう前に  新しい風にのって

   〜食品の安全性を検証する両国共通のポイント〜
    (有機食品生産の基本的シンポジューム)

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