豚の人工授精と精液希釈液(2)

〜豚とのコミュニケーションと愛情が成功の元〜
(日本の希釈液は国際価格の数倍の値段)

〜雌豚は産まれて10ヶ月目から、性成熟して子豚生産〜

以前、いまから50年前ぐらいでしょうか、鶏の人工授精を経験したことがあります。

勿論、人工授精した鶏から生産された種卵は孵卵機に入れ、21日間でヒヨコとなります。

人工授精をする種雄鶏と種雌鶏は、付近の養鶏場にケージ飼育で委託し、その農場の経営者の手によって人工授精作業をしてもらい、種卵を孵卵機にセットし、1週間目に受精しているか否かを電気の光で検査し、受精卵だけを買い上げるシステムにしていました。

人の手による人工授精ですから、上手な人と下手な人により受精率が当然違います。

真面目で几帳面な人と、適当な性格の人では絶えず違いがあり、成績に開きができ収入にも差が出ました。

契約農場の中に、若い夫婦が経営している農場があり、面白いもので夫婦喧嘩のあとは必ず悪く、仲のよいときは成績が上がる結果が出ていたことを思い出します。

夫婦二人の共同作業ですから、そんな少しの感情の齟齬(そご)によっても、受精率に影響するような微妙なものでした。

そのように自然交配と違い、人工授精は人間の技量とか心の起伏によって成績に開きが出てくる必然があります。

豚の人工授精もまったく同じで、哺乳動物特有の繁殖に対する雄と雌との本能的動作の違いがあり、それをよくわきまえた作業手順が望まれます。

それだけに人工授精師の豚を観察する目の正しさと、豚に対する愛情と、作業を行う優れた感性が必要で、その結果が成績に現れてしまいます。

前編で述べたように、豚はよい授精ならば12頭以上出産しますし、悪いと8〜9頭しか生産できません。

その原因はいくつもあって単純なものではありませんが、豚の年齢と飼育管理、豚舎環境と季節的要因、系統的品種などいくつもありますが、最も成績に影響が出るのが人工授精の技術です。

そもそも豚の性成熟は、年齢と体重増加により若干の違いがありますが、雌豚で生まれて約10ヶ月齢、体重で120キロぐらいから発情が始まります。

それと比較して雄豚の精液採取年齢は8ヶ月齢、体重もメスと同じくらいの120キロから可能ですので、雄のほうが若干早熟です。

ただし性成熟の体重はどちらも同じですが、その後の体重増加は圧倒的に雄豚が早く、精液採取可能な最後の3年目になりますと、体重は300キロを越えるものもあります。

さて雌豚の最初の性成熟の始まりを知るのは、農場管理者の観察力が大事です。

この性成熟は人間で言えば初潮に当たります。

雌豚の態度が変わるのと、性器の外陰部にそれと分かる兆候が現れます。

そんな豚を見かけたら、背中を押しますと、じっとして交尾を受け入れる姿勢をとりますので、そのタイミングを見逃さず授精をしなければなりません。

それを見逃すと雌豚は、次第に発情の意欲が失せてくるのか、発情の機会が少なくなり生産に支障をきたしますので、雌の発情を的確に判断し、交尾を積極的にさせます。

多くの農場では最初だけは、交尾がなれた雄豚と文字道理本交の初体験をさせ、交尾の実感を味わわせ、その経験が積極的に交尾を受け入れる雌豚になり、人工授精は2回目からはじめます。

人工授精に切り替える理由は、前回も述べたように経済的理由と、出産率の向上です。

更なる重要な理由は、雄豚の選別をその精液の良し悪しをみて判定することでしょう。

たしかに採取後顕微鏡検査で、あまりにも奇形が多かったり、活力がないものは、廃棄処分しなければなりません。

そんな作業ができるのも人工授精の利点です。
〜生産効率の高い子豚生産のサイクル〜

合格した精液はさらに、活性を増強できる栄養剤が入った希釈剤の中で安定させます。

希釈液というように、一回の放出された精液を、10倍かそれ以上に伸ばして、多数の雌豚に授精させるわけです。

それゆえこの希釈液の性能の良否が大切で、一回の採取でたとえば10頭の雌豚に使用する予定が、1日で10頭発情雌豚がそろわない場合、2日目3日目に渡って同じ精液を使うこともあり、その間同じ活力を維持しなければなりません。

あとで詳しく述べますが、私どもの会社で開発した希釈液は、7日後でも精液の活性は変わないので注目されています。

また精子は豚の体内で子宮に向かい真っ直ぐ進み、卵管に排卵された卵と結合しますが、力がなかったり直進しない精子は、卵管に到着せず、それだけに精子に活性力を与える希釈液の存在は大切です。

また人工授精は、雌豚の発情状態に合わせ、注入機(カテーテル)を深部まで入れ、希釈液と混合された精液を、念入りに子宮に送り込むことができるから、元気な精子はなお一層卵と結合する確立が高くなるのです。

自然交配ですとそれが難しく、また精子の活性が分かりませんし、死んだ精子、奇形の精子、病気の精子などが混じりますと、その後の雌豚の成績に影響します。

人工授精は採取した精液を管理者のもとで精密に検査され、安全が確認されてから行われるだけに、本質的に精液の管理が違います。

雌豚の排卵は1回に約20個ほどですが、注入した精液は、30億以上も精子がありますが、全ての卵に授精はすることがなく、選ばれた精子だけが、平均すると10〜14個ぐらいの受精卵となります。

その受精卵は「3月3週3日」合計114日経過して、「分娩舎」に移動された雌豚から、可愛い赤ちゃん豚が産れますが、中には死産しているもの、発育中止のものなどがあり、健全な子豚は10頭から12頭ぐらいです。

この母豚は約3週齢までの21日間、産まれたばかりの子豚に、自分の母乳を飲ませます。

その間母豚の体の下で圧死する子豚も出る危険もあるので、母豚はあまり体を動かすことのできない柵(ストール)の中に入れられ、横たわって授乳させます。

余談ですが、雌豚の乳房はお腹に2列並びの片側7個、両方で14個ありますが、胸元にある乳房2個はほとんど乳が出ないので、12個の乳房から子豚は授乳します。

出産が12頭ですと、全ての子豚が一編に授乳できてよいようですが、乳房により乳を多く出すものと少ないのがあり、子豚はいつも同じ乳房を独占しますので、初乳の段階で発育に開きが出ることもあります。

さて21日間過ぎますと、この親子は別居させられます。

子豚は人工乳に切り替わり、母豚は分娩舎から次の受胎のため、人工授精を行う「種付けストール」の飼育舎に移動します。

雌豚の生理は授乳最中は、乳を生産するホルモンが働き沢山の母乳を子豚のために生産しますが、授乳する子豚が居なくなりますと、このホルモンが繁殖ホルモンにすぐに変わり、早いもので3日、遅くとも6日ぐらいで発情の兆候が始まります。

基本的には豚は、実に繁殖力の旺盛な動物で、そのうえ育種改良され更に繁殖能力を高めていますから、年がら年中妊娠しているか、授乳しているか、発情しているかの繰り返しで、繁殖力の旺盛な雌豚は、8回から10回出産をし100頭前後の子豚を生産し、3年10ヶ月ほどで雌豚の一生は終わります。

まさに雌豚は子供を作る機械で、よい栄養を与えられ、年がら年中生産に寄与します。

その雌豚の発情の兆候を知るこが管理者の経験で、雄を求める鳴き声と、陰部の赤色への変化と粘液の分泌、雄を許容する態度などによって発見します。

ことに種付け専門の豚舎には、複数の雄豚が1頭1頭仕切られて飼育されています。

雌豚の発情は本能的に雄豚が近くにいると誘発されやすく、また雄豚は雌豚の発情の気配で、繁殖能力に刺激が与えられます。

ただし注意しなければいけないことは、雄豚は以外に神経質で、雄同士が一緒に飼育されますと、互に牽制しあって、精液を安心して放出しなくなります。

それだけに雌の匂いをかいで興奮している雄を連れ出し、雌に似せた擬似台に乗せさせ精液を搾るまで、他の雄と接触させたり、にらみ合いさせたりしたら、擬似台にも乗りません。

同時に管理者との心の通じ合う愛が必要で、慣れた管理者は雄を落ち着かせるために、絶えず話しかけたり褒めたり、雄をその気にさせることができれば、上手に精液を放出させます。

精液を沢山生産する雄豚は、1週間に一回の割合で擬似台に乗っかり生産に貢献します。

約3年間の間に150回ぐらい精液を搾られ、雄豚の一生は終わります。

雌も雄の姿と興奮度を見て、交尾する意欲がわきますので、人工授精といえども豚の本能的性衝動を刺激しつつ、雌豚、雄豚に満足感を与える、愛情とやさしさが大切で、豚の気持ちを理解したコミュニケーションができることが、人工授精師に必要な条件でしょう。

そんなきめ細やかな心遣いがあって、豚の繁殖はスムースに行われているのです。

ただし発情してから排卵をするのは25〜36時間ぐらい掛かり、排卵して子宮にとどまり、受精卵になる時間は5〜6時間と短いので、そのタイミングを計って注入器カテーテルをすばやく注入しなければなりません。

さて人工授精が終わった雌豚は、授精と受胎が完全にできたかどうかを観察する「妊娠ストール」に一度移されます。

一回の人工授精で、授精卵が上手に着床しますと次の発情はありませんが、もし1週間後に発情が始まったら1回目は失敗ですから、再度2回目を行い完全を期します。

このように動物の生理と発情のリズムは微妙なもので、本来は豚同士が適期を本能的に捕らえ、間違いのない繁殖行為を行うのですが、人工授精は人間がやること、間違いも起こしますので、念入りが必要です、そのとき精液希釈液の重要さが試されます。
〜輸入豚肉に押される養豚業者の悲鳴〜

さて一般の消費者の方は、肉屋とかスーパーマーケットで買い入れる豚は、ほとんど交雑種でその元豚は外国から輸入したものであることをご存知の方は何人いるでしょうか。

養豚業も少ない飼料を使い、多くの肉を生産する経済行為ですので、品種を改良したり、品種間の交雑で経済性の高い肉豚に改良しています。

そんな交雑種の種豚は、系統的に大きくなりやすく発育もよいですが、雌も雄も肥満になった豚は受胎率が悪く、雄は精液を出す量が少なくなります。

それだけに栄養価は満足させながら、肥りすぎない種豚に育て上げることも、人工授精の成功の一つです。

さて目下日本の養豚家は、飼料高騰と豚肉価格の低迷で苦しんでいます。

それというのも円高の影響もあり、輸入肉の攻勢にさらされているからです。

それに打ち勝つには、安全で美味しく、なおコストを下げた豚肉を作らなければいけません。

そんな時この人工授精の普及と技術の向上とが、大きな改革の目となるでしょう。

ただしそれだけでは駄目で、輸入豚肉に勝つには、全ての資材の性能が良く、コストを安く抑えることで、国際競争力がつきます。

残念なことに、現在まで使われている人工授精用の精液希釈剤は、ほとんどが輸入物で流通経費と商社マージンなど合わせると、養豚家が使用するときは、諸外国の価格と比較し、3倍4倍それ以上の倍率になります。

それでは人工授精のコストは高くなり、豚肉全体の国際競争力は成り立ちません。

そんな現状を打破するため私たちは、日本産で現行の価格の半値以下で、授精率の優れた「リターマックス PB]なるブランド名の希釈液を開発し、特許申請も済ませています。

自画自賛ではないですが、輸入物の性能をはるかにしのぐ、安定性と活性力と直進性を精子に与える優れもので、それが日本の技術で開発できたことを誇りに思っています。

さらにこの商品が、多くの養豚家の成績をかなり向上させつつあることを報告できます。

商品形態も微小な顆粒粉末とし、1回量で10頭〜15頭可能な少量パックに包装し、温湿度や径時変化に影響がない、また輸出を含め長時間運搬ができる製品とし、使用も便利で微温水にすぐ溶け、精液活性力が長時間継続できる、優れものです。

私たちがこんな製品を開発したのも、日本の台所から日本産の豚肉がなくなることを恐れたからです。

豚肉全体の消費の50%を超える数量が、輸入肉に変わろうとする現状を憂慮し、全ての生産財の再検討し、国産豚肉の生産を守らなくてはいけません。

その理由は、外国産の豚肉の安全性です、いろいろな薬やホルモン剤が多用されているかも知れない肉は、日本国民の健康にも影響するでしょう。

そんな事態にならないためにも、この希釈剤は国際競争に負けない製品と自負します。

さらに抗生物質に変わる生菌剤、免疫向上と発育増進のための発酵大豆、畜産の糞尿公害を撲滅する天然製剤など、日本の畜産経営に寄与し、生産物の安心安全が守れる、特徴ある製剤を私たちは紹介しています。

いつの日か、そんな地道な努力が実り、日本の豚肉は美味しく安全で、なおコスト的にも負けない新鮮な肉として、消費者に喜んでもらえるものと思います。

その背景に人工授精の技術向上と安定化、そして私どもの日本産希釈液の性能がそれを支えてくれることを願います。