2011年4月アーカイブ

春の紫外線

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  〜意外と強い紫外線で日焼け〜
 (活性酸素で白内障からがんの引き金)

先週、久しぶりにゴルフをしました。

高校時代の同級生同士で合計7人、全て老人、全員が79歳です。

寒い冬の間休んでいたゴルフですが、好天に恵まれていまして4ヶ月ぶりの私も、ショットはそれなりにまとまっていましたし、ラウンドで100をきるスコアーが4人も出て、お互いの健闘を称えあった一日でした。

終わってささやかなパーティーで顔を見合わせ、「おいよく焼けたな、顔が真っ赤だぞ」どの友人も強烈な日差しを浴びて一日で真っ赤に日焼けした顔を確かめ合い「酒を飲んだようで酔払い運転と間違えられるぞ」と冗談か出るほどでした。

日焼けは夏のもの、と思い込んでいますので、誰も日焼け止めクリームなど塗りません。

午後になって、私だけが陽射しの強さを感じ、日焼け止めクリームを塗りましたが、すでに遅く顔は日焼けし赤い顔になっていました。

「日焼けは体に悪く、シミの原因だぞ」私の言葉に「もうシミやシワを気にする歳ではない」誰も異口同音に答えます。

確かに歳を考えれば、日焼けの心配をする年齢はとうに過ぎていますが、それはシミやシワが増えてのこと、しかし日焼けで起る体内での活性酸素の毒は、もっと深いところで問題を起こしますから困ります。

ご存知のよう、日焼けは太陽光線の中に含まれる波長の短い紫外線によるもので、最近は太陽光の中の悪玉放射線として認識されているものです。

太陽の光は虹に代表されるように、7色の光を持っています、一番波長の長いのが赤色、短いのが紫です。

この赤い光の外にもう一つの赤色があり、それが外の赤色ということで「赤外線」とよばれる熱線です。

一方波長の短い紫色の光の外側にも、肉眼的には見えない「紫外線」があります。

この光線は人間の皮膚の表面は勿論、真皮から皮下の結合組織のタンパク脂肪組織にまで到達します。

これが問題で、フリーラジカルの原因になり、皮膚から真皮さらに皮下のコラーゲンなどの細胞にまで傷をつけますので、ことに回復力の弱い老人は、さらに気をつけなければいけないのです。

その昔、私が子供時代は、太陽にあったって、肌を真っ黒に焼くことが健康的で、冬の寒さに耐え風邪を引きにくくする、と言われたることが常識でした。

ところが、生物化学が発達し、医学的に見て日焼けを起こす紫外線は、老化をより促進させ、シミ、シワ、タルミの原因となり、さらに皮膚がんのリスクを高め、白内障の引き金となると言われ、不健康を作る原因とも言われるようになりました。

ことに問題は、皮膚が赤くなり、やがて黒ずむ日焼けですまなくなることです。

若いうちは日焼けも魅力のうちと言うことで、わざわざガンクロに日焼けさせ、一見健康そうなお洒落をする人もいますが、これが知らずのうち肌を老化させ、美しい艶と張りを失わせる要因となるのです。

夏の日焼けも冬の雪焼けも同じで、急激に焼けますと、免疫機能低下を起こし、ことに目の角膜に細かい傷がつき、目のなかに異物があるように、ごろついたり痛みが出たりします。

海水浴などで塩水と日焼けが重なり合いますと、皮膚が火ぶくれになりやがて皮がむけますが、これは紫外線による皮膚のやけどで、急性日焼けになります。

真夏の日焼けは、太陽がギラギラ輝き、汗が噴出す暑さですから、日焼けの用心もしますが、春のうららかな陽気のゴルフ場では、晴れ渡った紫外線の心配をする人は少ないです、まして老人はぜんぜん気にしません。

ところが春4月5月頃から意外と紫外線量は多くなり、9月までの間で年間の70−80%がこの時期に降り注ぎます。

ことにそれまで冬の日差しでやわらかく、日照時間も紫外線量も少なく、さらに肌を露出しない時期を過ごし、肌そのものが弱くなっているところに、急激に強烈な紫外線は、刺激が強すぎます。

またゴルフは、昼食をはさんで9時ごろから午後4時ごろまで、最も紫外線量が多いときですから、皮膚のダメージもそれなりに多くなります。

この光線照射量は、年齢に関係なく、私たち老人でも若者でも同じです。

ただ違うことは受けたダメージに対する回復力です。

若い肌は新陳代謝が活発で、外側の角質層の活性が高いので、傷ついた皮膚の回復は早いですが、老人の代謝力は弱くこのダメージ回復に時間がかかります。

勿論、各個人の差異は当然あって、老人になりますと皮膚組織の若さと回復力は、人により10歳、20歳くらいの相違があります。

それは常日頃の生活習慣と関係します。

食生活はじめ定期的な運動、入浴、洗顔などの皮膚の手入れ、喫煙の習慣、深酒の習慣、睡眠時間の長短、ストレス、慢性疾患、体質と遺伝子、さまざまな条件で皮膚環境の違いが出来、それが回復力の違いとなります。

皮膚へのダメージだけでなく、目の障害、疲れ、活性酸素による体調不良、がん発生の引き金などいくつもの危険の要因になります。

これら全ての危険因子も、人によって相違があることを強調しておきます。

さてまもなく風薫る5月です、意外と紫外線が強い季節ともいわれてます、スポーツも野外活動も活発になる時期、紫外線の対策に充分注意を払って健康増進を図りましょう。

最後に、日焼けした私の顔は、翌々日には普段の顔に戻りました。

午後にクリームを塗ったことと、やっぱり抗酸化力の強い健康食品を毎日摂取していることも功を奏しているからでしょう。

東日本大震災と台湾人の心

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  〜150億円の義援金が物語る日本への気持ち〜
    (世界中から助けられた大震災の教訓)

「日本は大災害が発生し大変でした、多くの犠牲者が出たことお悔やみします」

4月4日から8日まで、台湾へのビジネス出張途中、面会した多くの仕事関係者からいただいた災害に対するお見舞いの言葉です。

心の底から出る言葉に対し「ご心配いただいて感謝します」深々と御礼をする私に「日本と台湾は特別な関係で、私たちは日本と日本人には本当に親しい気持ちを持っています。今度の災害にも、どの国の人より心痛めます。ですが日本人は強い優秀な民族で、必ず復興し昔より繁栄しますよ」

なかにはこんな丁寧で、心温まる励ましの言葉をいただき、一層恐縮させられました。

「義援金も日本円に換算すると100億円ぐらい、台湾人が寄付してます」私たちの会社の台湾代表社員のH氏の説明はより具体的です。

彼自身も私宛のメールで、月給のうち10万円を義援金に寄付したいとの申し出が震災翌週にあり、私は感動させられました。

その気持ちを良とし「私たちの会社も私自身も、義援金を寄付する予定があるのでそのとき一緒にしよう」との返事をしたほどでした。

弊社の社員H氏の気持ちは、台湾を代表する台湾人の日本の災害に対する偽らない気持ちと信じます。

台湾と日本の関係は、歴史的にも深く、人々の交流も多く、精神的にも感情的にも友好度は深いものがあります。

それだから今回の災害には、同国人のような感情で、何とか援助しなければと考える人の多いことも確かです。

私の古い友人の中には、1999年9月に起きた、台湾中部大地震にいち早く駆けつけた日本の救助隊のイメージが台湾人の心の底に深く刻まれているので、今回の東日本大震災でその恩返しをしなければとの気持ちもあります、と説明します。

そのときの日本の救助隊の、寝食を忘れ不眠不休で活動した話は、いまでも美談として語られていると、台湾の友人から聞かされます。

他の国の救助隊と比較して、日本人の献身的活動は群を抜いていた、日本びいきの気持ちがあるにしても、聞かされている私たち日本人にはうれしい話です。

そんな気持ちの台湾です。

3月11日震災直後、台湾政府は迅速に救助隊と、政府予算の中から1億台湾円(日本円2億8千万)の義援金を、日本政府に申し入れています。

決断は非常に早く、いの一番でしたが、実際に救助隊が日本に到着したのは、翌々日13日と14日で合計63名。遅れた理由は日本政府から援助を受け入れる返答がすぐになかったからです。

その間、中国からの救援隊が12日来訪し、それを確認してから日本政府が申し込みを受託したようです。

こんなところに日本政府の優柔不断さがあり、もし中国に気兼ねしての処置だとしたら、もってのほかです。

災害救助は一刻を争うもので、人命の救助、火災の消化、災害者の避難、緊急な医療処置など、どれもこれも待ったなしの非常事態です、政治的な思惑や面子の問題ではありません。

その救助隊は同時に沢山の救援物資を運んできました、簡易な発電機500台、毛布、マスク、インスタントラーメン、非常用飯米、などなどその数量はトータル500トン。

被災地には大変ありがたいものばかりです。

勿論今回の大震災には、世界各国から救助隊と支援物資、義援金など温かい支援の数々を頂き、日本人として感謝の気持ちいっぱいです。

そんな中、震災後初めての訪問国が台湾でしたので、台湾の人々が日本に寄せる気持ちが厚く、それを直接聞いたり感じたりしただけに、私の心はより以上揺さぶられました。

私たちの訪問中も、義援金募集の会合やチャリティー演奏会など開催されてると聞きました。

4月1日現在で一般国民から集まった義援金が合計で日本円換算で100億円を越えたらしいです。

弊社の台湾代表のH氏が話したのはこの数字ですが、滞在中の8日間で義援金はまだまだ集まり続けていました。

H氏は台湾円で50億以上になるでしょうと言います、3倍すると日本円で約140億円となります。

義援金として、また一般国民の寄付金としては群を抜いた金額で、2400万人の人口の国としては破格の数字になります。

はたして、台湾の中部大地震のとき、私たち日本人はどれだけの義援金を拠出したか、恥ずかしい限りです。

私の友人の中には「原発放射能被害が深刻になったら、いつでも台湾に避難してください、喜んで受け入れますから連絡してください」真顔で援助を申し入れます。

これも本当の話ですが、地震と津波で家をなくした東北の被災者の方にも、ホームステイの準備が充分あるから、気兼ねなく台湾で長期滞在してもらってよいとの家庭が、何軒も名乗り出ているとも聞きます。

放射能汚染で野菜が不足するなら、100トン以上の野菜を無償供与する決議が、台湾農業委員会でなされた話も聞きますし、台湾芸能協会は率先して義援金チャリティーで3億円集めた、ある福祉団体は義援金会合で60億円を集めた、ある企業は日本円で10億円を日本の赤十字に直接寄付した、などなど、日本への温かい思いやりが絶えず話題になります。

そうなんです「私たちと日本は親戚のようなもの、いつでも困ったら相談してください」台湾人の多くがこんな気持ちを、日本と日本人に持っていることを、私たちも心に銘じましょう。

日本でも有名な前大統領の李登輝さんが、震災直後に日本人の皆様にとしたメッセージがあります、それを要約して伝えますと。

「日本の皆様の不安や焦り悲しい思い、私は刃物で切り裂かれたような心の痛みを感じます。どうぞ元気を出し自信と勇気を奮い起こしてください」

日本教育を戦前に受け、日本の大学で学び、日本人以上に日本的な精神の持ち主の李登輝さんの、日本人を思う心のこもった言葉です。

世界から援助され、復旧と復興を期待されている日本、大地震と大津波、原発事故の放射能汚染という三つの試練を乗り越えることが、義援金を拠出していただいた世界の人々、とりわけ台湾の人たちに対する恩返しでしょう。

心からありがとう。謝謝。

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