「鳥インフルエンザ」と「アニマルウエルフェア」

〜対応策ないインフルエンザの脅威〜
(大自然のなか動物愛護で育てる、健康卵の危機)

毎年、私が関与している畜産業、ことに養鶏の業界紙から、新年特集号の執筆を依頼され15年以上になります。

来年も「2017年の鶏卵産業の課題と展望」というタイトルの記事依頼がありました。

毎年のことですが、業界が持つ問題点とその解決策、発展のための施策など、テーマを変えて意見を述べても来ました。

具体的には、飼料コストの不安定への対処、食品安全からの生産体制や「HACCP」の取り組み、病気対策と無薬飼養とオルタネイティブ(代替薬品)の生菌剤、有機酸、酵素の活用、生産物のブランド化、大型生産体制への移行などなど、かなり専門的な意見をまじえ、その時々の情勢に沿った内容で、掲載してきました。

そして来年2017年の問題点として執筆したのは、「鳥インフルエンザ(AI)」と「アニマルウエルフェア(AW)」です。

鳥インフルエンザはいまさら申すまでもなく、世界全ての人々の知るところの、鶏だけでなく人類にも影響があるかもしれない「パンデミクス(感染大発生)」を恐れられている、業界に大打撃を与える疾病です。

もう一つのアニマルウエルフェアは直訳すると「動物福祉」となります。

すなわち鶏、豚などの家畜を、人間の利益のために、狭い場所に密集状態の加虐な環境で飼育し、動物が持つ生存権と生命を無視する、愛護の精神を忘れた飼育状態は、まかりならぬという、動物愛護の精神から発した飼育管理法です。

その昔、動物が飼育されていた環境は、広い敷地と燦々と降り注ぐ太陽がのもと、のびのびと健康的でした、このような理想的な環境に近づける運動が、アニマルウエルフェア動物愛護です。

この運動はEU諸国から始まり、今やアメリカ、カナダ、オーストラリア、やがて日本にも波及しようとしています。

EUではバタリーケージ(金網籠)での飼育は、アニマルウエルフェアに反するとして御法度です。

鶏1羽当たりの飼養面積も50センチ平方以上なくてはならず、鶏に痛みやストレスを与えては不可とのことです。

このような飼育でなされた卵や肉が通常で、またこの方式で飼育した物でなければ有機食品にはなりません。

現在はアメリカでもこの生産方式が目立ち始め、大手流通業者やレストランチェーンなどは、アニマルウエルフェア生産物しか扱わないという流れも出ています。

経済先進国で、最もアニマルウエルフェアが遅れているのは、日本との名指しもされていますが、経済発展した韓国、中国、台湾などを含め、東南アジアから西アジア、中東ではこの考えがありません。

経済性第一の考え方で、コスト削減には狭いところで沢山の鶏を飼育することが効率が良いとの考えが支配的です。

その違いの基本は、家畜と共存してきた長い歴史があるEUやアメリカ、また食文化の考え、動物の生命に対する価値観、そして宗教感からくる道義的判断の絶対的感性の違いです。

さてこのアニマルウエルフェアの理想は、いま述べたよう鶏をより自然に飼育することです。

究極は牧場の大地に柵を設けず放飼することです。

まさに自然の中でのびのびと自由に行動する野鳥と同じ飼育です。

ところが、この方式で養鶏が営まれたら、もっとも危険な鳥インフルエンザ感染の飼育方式となります。

ご存知のよう、鳥インフルエンザのウイルスは、日本を含め世界各地の野鳥の死骸から検出されています。

このウイルスはそもそも水鳥が持っていたもので、水鳥の仲間の中で感染を繰り返しているうち、高病原性のウイルスに変異してきたものと言われています。

その水鳥は感染しても耐性があり、発病は顕著でありません、また野鳥のスズメ、カラス、ハトなどに感染しても病状は重くなりません。

しかし同じ鳥類の鶏に感染すると症状が厳しく、斃死率も高く感染が拡大し、大打撃を与えます。

ことに困ることは、ウイルスを保持した水禽類の渡り鳥が、地域国境を越えウイルスの伝播鳥となって清浄地域に飛来して広範囲にウイルスをまき散らすことです。

今年も日本各地で見つかった水禽の渡り鳥はじめ鳥類の死骸から、インフルエンザウイルスが検出されている事実が、それを物語っています。

見つかったウイルスは、今まで日本では発見されていない新型のウイルスでH5N6という、中国韓国で鶏に大打撃を与えた、今年流行している新しい株です。

ということは、北から渡ってきた渡り鳥が運んできたもので、その糞便などから日本の野鳥や野ネズミなどに感染し、それらが侵入した養鶏場とアヒル農場の5か所が感染(12月20日現在)、70万羽近くの鳥を処分しました。

このように渡り鳥が飛来し、いたるところで糞便をまき散らし、ウイルス感染の野鳥が自由に飛翔する自然の大地が、防御法がないだけに最も危険な養鶏場となります。

そこで、このウイルスの感染を防ぐ方法は、人為的に鶏舎構造を変えて、渡り鳥、野鳥、野ネズミを防ぐことです。

それにはこれらの動物が侵入できない密閉鶏舎を作り、空気も光線も電力でコントロールするシステムです。

ということは、自然の大地の中太陽光線の下で飼育するアニマルウエルフェアとは、もっともかけ離れた鶏舎構造となります。

密閉鶏舎の中でも、ケージを使わず鶏が自由に行動できる環境は作れます、それもアニマルウエルフェアの生産物として評価されますが、大切な大地と太陽ははなくなり、自然のなかで生まれた鶏卵、鶏肉とはいえません。

もっともアニマルウエルフェアの卵も、ケージ鶏舎で生産された卵も、栄養的には変わりませんし、皮肉なことに糞便とかい離しているケージ鶏舎の卵の方が安全かもしれません。

それは別物として、インフルエンザの防御のために、より人工的な鶏舎環境を作らなければ養鶏が出来ないことが、果たして産業の進歩なのか疑問も残ります、インフルエンザウイルスに対応するのにこんな方式しかないことも情けないです。

いわば、人間の知恵がウイルスに負けたことになります。

ウイルスを撲滅する攻撃的対策で勝つことが出来ず、消極的な防御法しか考え出せないのは情けない話ですが、それだけ自然界には人間の能力では太刀打ちできない、底知れない恐ろしさがあるのでしょう。

地球規模の地殻の変動による地震や津波や噴火、気象的変化による台風、豪雨や乾燥、温暖と冷夏など多大な被害をもたらす現象も、対応できない不可抗力現象ですが、新しい有害な微生物やウイルスの出現も、予測できない損害を人類や動植物に与え続けるのも現実です。

人間はその都度、新しい悪玉微生物に対処する新しい薬剤やワクチン、または殺菌法を開発し対処してきましたが、残念なことに鳥インフルエンザには、適切な対応策が生化学的にはできていません。

何故でしょう?

その理由は、このウイルスの性質の時異性にあります。

ご存知のようインフルエンザウイルスは細胞がなく、中心に核酸(DNA.RNA)があり周りに突起物を持った微生物です。

この突起物が動物の細胞に付着し、酵素で分解し細胞のタンパク質を利用し核酸を増やすメカニズムですが、この突起物が赤血球凝集素ヘマグルチン(HA)と酵素のノイミニターゼ(NA)と呼ばれるもので、HAの形が16個、NAの種類が9−10個と多彩です。

ということは16と10の組み合わせで160種類のタイプがあることになります。

ことに今まで世界で発生した鳥のウイルスの種類は、HAが5、7、9の3種類、NAが1、2、3、6、7、8、9、の7つの異なった組み合わせの株、合計では14種類が発見されています。

ということは鳥インフルエンザと発表されたウイルスは症状は似ていますが、ウイルスの種類は若干違うことになります。

さらにこのウイルスは変異を繰り返します。

原則として人間には感染しないウイルスと言われていますが、この10年間には600人を超える感染死亡者を出していますし、感染者だけの統計はありませんが、死亡者の何倍かの数字となります。

これも変異株かもしれません。すなわち人間や他の哺乳類に感染しやすい形に、変わったことです。

このような少しずつ異なったタイプのウイルスや、変異型の出現など捕えどころのない病原体は、ワクチン製造開発のネックになります。

過去には中国などで、当初流行したH5N1のワクチンも製造されましたが、今日現在そのワクチンでは効果のない、違った型のウイルスが猛威を振るっています。

このように防御対策は目下ギブアップです。

これが今後、日本と世界の養鶏産業に多大な損害を与えるだけでなく、人間への感染も心配されるゆえんです。

それゆえ自然を利用した、理想の飼育環境を作ることは、このウイルスによって破壊されます。残念です。

実際産業は近代化し大型化機械化し、卵は物価の優等生とほめられる廉価の商品となりましたが、病気対策一つできない産業であることも事実です。

それらをテーマとして、新年号へ感想として発表をしました。

皆さまはどうお思いでしょうか?

今年最後のマガジンとなります、来年もよろしく。