日本語による三国交流会

〜タイ、ベトナムの日本語学科の学生との懇談〜
(草の根の国際交流の意義ある親善)

2016年の2月の18日から22日までの5日間、私はタイに滞在、国立のタマサート大学 ランシットキャンバス(Thammasat university Rangsit)で、日本、タイ、ベトナムの「三国交流会」に出席し、有意義な3日間を過ごしました。

このイベントは日本の国際交流基金の援助を得た、認定NPO法人「アジアの新しい風」が主催した、タイとベトナムで日本語を学ぶ大学生と、お互いの文化や教養を交換し合う交歓会で、今回はタマサート大学からのお招きで開催できました。


日本人の間で「国際交流」という言葉が重要視されてから久しいです。

地球上の多くの国の人々と交流を持ち、友好親善を成し遂げ、互いの国の実情、風俗と文化、地理と歴史、言語と食べ物などを理解し合うことは、世界平和と相互の発展につながる広大な理想で、賛成者も多いです。

その中で地理的条件から見て日本は、アジアの国々との交流を深めることが優先順位と思う人もまた多いです。

私個人としても、アジアの国々へは訪問の機会も多く、多くの知己友人もおり、アジア諸国との交流の大切さをよく理解しています。

そんな私の気持ちを納得させるグループが「新しいアジアの風」でした。

数年前この「新しいアジアの風(通称アジ風)」のメンバーの一人になり、会が行うイベントで中国、タイ、ベトナムの若者たちと交流をする機会を持つようになりました。

このNPO法人は日本語を学ぶアジアの学生達に、会員がインターネットを通して日本語でコミニケーションを行うI(アイ)メイト(internet mate)方式があり、日本語の正しい使い方から、日本の文化や風習などの伝達を、パソコンやスマートフォンで交換し合い、日本語勉学の生徒との親善を深めています。

会員の多くは定年退職した熟年が多く、教養的にも経済的にもゆとりがあり、ボランティア精神も旺盛で手弁当協力ですが、孫のような学生達とのコミニュケーションはそれなりの生きがいかもわかりません。

また中国の北京精華大学、ベトナムのハノイ貿易大学、タイのタマサート大学の日本語学科に、日本語教師を派遣するなどの事業も行ってもいます。

さらに今回のタイでの三国交流会や日本での留学生たちとの交流会など、さまざまの形で日本語を勉強する学生の応援もしています。


国際交流と簡単に言いますが、多くの国の人々と仲良くなるには、まず言葉によるコミュニケーションが大切です。

世界で多く使われている英語によるコミュニケーションも見かけますが、日本人としては日本語を話してくれる人との会話が最も望ましい思うのは当然です。

それゆえ、日本語を習う学生には、いろいろな形で応援しようと言うのが人情で、このNPO法人もその一つかもしれません。

ただうれしいことには、アジア諸国の学生たちの中に日本語を学ぼうという気分も旺盛で、例を挙げれば今回訪問したタマサート大学には一般教養学科に日本語科があり、一学年50人からの生徒が存在することです。

4年学級ですから200名前後の学生が、日本語を話したり日本語で物を考え、日本語で日本文化と歴史地理まで勉強していることです。

さらに私を驚かせたことは、19日の午前中に訪問した4000人からの生徒がいる、タマサート大学付属高校でも日本語講座があり、多くの学生が日本語を学んでいることでした。

この学生たちの歓迎余興は、日本の少女グループAKB48のダンスで、続いて行われた小グループでのデスカッションでも、日本語でいろいろ質問され、私も答えに窮窮しました。

さらに言えば、タマサート大学以外の有名大学も日本語講座があり、タイ一国だけでも日本語を勉強している学生数はかなりの数となります。

面白いことに、日本語を習うきっかけとなったのは、日本のアニメや漫画、音楽やアイドルグループの歌などポップカルチャーが入り口のようでした。

勿論タイ、ベトナムには多くの日本企業も進出し、日本ブランドの車や電気製品、ファッションから日本料理まで、日本を意識する環境は多くなってもいます。

その環境を追い風として、生きた日本語を勉強してもらい、もっと深く日本と日本人を知ってもらおうという小さな試みが、私たちが参加している「アジ風」の仕事のようです。

今回のイベントの主催者、タマサート大学のタサニー先生の言葉の中にも「Iメイト交流による効果や、日本文学本を読んだ感想コンテスト、作文コンテスト、日本でのホームステイなど、アジ風の協力が語学力向上に役立つ」と日本人との直接的交流の成果を評価しています。

同じ意見は、ベトナムのハノイ貿易大学の日本語教師チャン・ティ・トウ・トウーイさんの言葉のなかにも「2008年から始まったアジ風との交流で、多くの学生が直接に日本人と付き合い、その影響は大きく日本とベトナムの相互理解にも役立つ」と感謝しています。

日本政府が政策として行う交流事業と違い、貧しい個人のポケットマネーでささやかに行う交流ですが、メール交換の中にも、来日した留学生や、短期訪問の学生たちに対する会員の「おもてなしの」の心が、人間の感情を揺さぶり、本当のフレンドシップが構築されてきてると思います。


さて今回の交流会は盛り沢山の企画でした。

サークル討論の「国際結婚」については、10−12名が司会者のリードで自由に意見を言う形で、私もあるサークルの司会者として出席者に発言を求めましたが、20歳前後の女子学生からはなかなか意見が出にくく苦労しました。

続いてベトナムの女子学生による民族舞踊、タイの女子学生によるタイの地方の伝統的衣装のファッションショウと踊り、さらにベトナムコーヒーの美味しい入れ方、タイの草木による魚の擬態製造など。

圧巻だったのはアジ風の会員の一人、歌手の金井ユウさんの独唱でした。

アジアの風のテーマソングに始まって、SMAPの世界に一つだけの花、アニメソングのドラエモンの歌のタイ語版、タイで最もポピュラーな歌、ベトナムの歌など、会場はやんやの喝采とホールを埋め尽くす踊りの輪で、アンコールが絶えない盛り上がりでした。

音楽には国境がなく、誰でもが参加できる情感があり、唄の詩と旋律の中で気持ちが高揚し、理屈なくわかりやすく楽しめます。

音楽の持つ無限の力を知らされました。

最後は日本文化の一つ、書道の練習です、アジ風の会員の一人書道家の藤原先生の指導で、タイ、ベトナムの学生たちには初めての挑戦、お手本の教材の漢字を理解しながら、墨痕鮮やかに半紙に筆を運ぶという訳にはいかず、初めての人には難しく、学生は戸惑いながらも懸命でした。

私も昔ならった書道のイロハを思い浮かべ、学生たちに筆の使い方を注意しながらも、しどろもどろの書道実習でした。

初めてにしてはそれなりの成果がでたと学生は喜び、新しい日本文化にチャレンジした興奮を覚えながら、時のたつのも忘れたようです。

このような交流の数々が、本当の生きた交流と思います、草の根的な交流の中で、民族間の垣根を越え、また年齢の差も感じさせないコミュニケーションが増築されることに意義があります。


南国タイに夕闇が迫り、三国交流のイベントも終わりました。

このイベントを通じて、三国の友好がますます発展し、日本語と日本文化が一段と理解を深めたことを信じて、この稿を締めます。

足のつりの痛さと電解質

〜真夜中に起きる「こむらかえり」との闘い〜
(私には効果がある天然イオン物質「フルボ酸」液)


夜中に突然足の痛みを感じ、とび起きたことが過去に何回もあります。

昔から言われている「こむらかえり」でしょう。

とにかくその痛さは名状しがたく、布団の中でジッと我慢しながら痛さに耐えていても、なかなか収まらない時もありました。

左の足が多いようですが、時としては右足にも起こります。

あまりの痛さに、硬直した筋肉をマッサージしようとして、無理に体を動かすと、思わぬところの筋肉に負担をかけてしまい、その筋肉がさらにこわばり痛烈な痛みが起こります。

そうなると痛さが二倍になって、動くこともできず、泣きたい気持ちで我慢するしかありません。

こんな症状が頻繁に起こり始めたのは、8年前ほどに傷めた腰から足のしびれを伴った「坐骨神経痛」発症からです。

その時「足のつり」で拙文を発要した覚えがあります。

足の筋肉の硬直と痙攣は、筋肉のイオンバランスの不均衡も一つの原因で、その対策として私どもが扱っている天然の電解質物質フルボ酸での効果を発表しました。

これはあくまで緊急対策で、硬直し硬くなって痛みを発する筋肉へ塗布し、1〜2分後に痛さが収まる奇跡的な効果があることが不思議でした。

その後、坐骨神経痛からくると思われる足のつりは少なくなり、いつの間にか腰や足のしびれが無くなり、あれだけ快適生活を妨げていた、脊柱管狭窄症が全快した模様です。

何故にしびれや痛みが少なくなったかの的確の答えはできませんが、あえて言えば痛さとしびれを我慢し、姿勢をまっすぐにして早足で歩いたり、痛さをこらえてゴルフを積極的に行ったりした、逆療法がよかったのかもしれません。

1年間リハビリに通った病院も、いつの間にかやめましたが、症状は通院しているときよりも改善したのも皮肉でした。

しびれや痛さは病院でのマッサージや、体の捻転での腰と足の筋肉を伸ばす体操、機械道具による筋肉の牽引など、さまざまな方法でもなかなか解決しませんでした。

なんとか治さなくてはと思い込み、病人として対応していた精神的な苦衷もありました。

そんな気持ちを吹っ切って、痛くても悪化しても構わないと開き直って逆療法を行ったことに、効果があったのかもしれません。

もしかして、病人意識を脱ぎ去った気持ちが、足腰の痛さとしびれを忘れさせたのでしょうか。

何時か何かの雑誌で読んだ、腰痛の原因は脳神経にあるとの記事を思い浮かべたほどです。


ところが昨年12月末から今年1月、寒い季節を迎えたので、ゴルフも休んでしまい、運動不足を感じた今年の1月中旬頃、就寝中に足が硬直しその痛さで目覚めたことが何回か続きました。

足の運動が少なくなったので、足への血行が悪くなったかなとも危惧しました。

「こむらかえり」の原因はいくつもあります。

寒さからくる足の冷え、加齢からくる筋肉の減少、血行不良からくる筋肉の酸欠、血管の収縮や血栓などによる閉鎖性動脈硬化(エコノミー症候群)、脱水からくる筋肉の硬直、中枢神経からの伝達の不良(必要以上の筋肉の収縮命令)などがあります。

そのほかに、過度の筋肉疲労と、アキレス腱の伸縮機能の低下、筋肉の伸縮をコントロールする筋紡錘と腱紡錘の働き低下、それと筋肉のイオンバランス(電解質)の不均衡があげられます。

もうひとつは、休んでいた筋肉を急に動かしたときなどです。

たとえば朝の目覚めで急に起き上がろうと、力を入れたとき、ズキンと疼痛が足に走り、その周囲の筋肉が硬直しさらにそれが広がります。

または無理な姿勢で手足や体を動かしたとき、無理を強いられた筋肉が硬直し、しばらく痛みを発します。

こんな経験を持った高齢者は多いのではないでしょうか。

これも一種のこむらかえりでしょうか。

それらのさまざまな原因の中で、私の体験的こむらかえりの原因を見つけますと、寒さ、加齢、血行不良、脱水、中枢神経の誤作動、筋肉の伸縮低下、電解質不良などすべてが考えられます。

ゴルフや歩行などで足の筋肉を多く酷使した時の方が、熟睡もあって夜中の足の筋肉痛で起きたことはなく、逆に休日であまり足の運動をしない時に筋肉の硬直が起きます。

これなどは適当に動いた足の筋肉と血行が、正常であったためと考えられます。

歩行などで動かさない筋肉は衰え、血行も悪くなるのかもしれません。

まことに気まぐれで、こまります。

考えますと足の筋肉をよく使うゴルフは、かえって血液の循環もよく、血管の収縮もなく、アキレス腱の働きも低下せず、脱水傾向もないのでしょう。

また健全に活動した足の筋肉は、電解質のバランス不調も起こさないのでしょう。

確かに18ホール白球を追い続けますと、最後の数ホールの足の疲労、筋肉の痛みはかなりのものですが、気持ちの中でそれと闘い、精神的にも疲労を感じさせない意識が、足の筋肉に健全な命令を与えているのかもしれません。

そうなると気力と精神と神経の問題となります。


理由はともかく、足の運動をあまりしなかった1月中旬から下旬にかけて、熟睡中に筋肉硬直が起こり痛さで飛び起きました。

そんな場合の私の対処療法は、起き上がると同時に、枕元に用意してある天然の電解質物質の「フルボ酸液」を、硬直しているに筋肉に塗りたくります。

硬直するのはふくらはぎの腓腹筋、脛の前の前脛骨筋が多いですが、時には太ももの大腿四頭筋など、同時に発症するときもあり、痛さを我慢して皮膚に塗ります。

小さなスプレーに入ったフルボ酸も用意していますので、太ももなどは周囲全体にスプレーもします。

そうしてジッと時が過ぎるの我慢して待ちます。

冬の夜中、痛さと寒さとの闘いです。

1〜2分経過し、やがて何もなかったように痛みが引いていきますが、硬直した筋肉はすぐには戻らず後遺症が少しあります。

ただ我慢できない痛さでなく、ベットに横なり就寝に入ります。

このようなこむらかえりがなぜ起きるかの原因は、先に述べたようにいろいろでしょうが、その中のイオンバランスの不均衡による原因もあります。

ご存知のように私たちの体は、イオンのバランスが大切です。

陽イオンと陰イオンのバランスの上に健康体が維持されています。

栄養的には食物から採取するミネラル物質の中にイオンがあり、それをバランスよく摂取することで平衡が保たれています。

ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、クロームなどです。

これらのイオン物質の微量成分は、人間の中枢神経や血液循環、心臓の働きから酸素活性、そうして筋肉の伸縮と活性に大いに影響します。

ことに筋肉の機能調整に関与し、不足すると収縮したり痙攣したりして激痛を伴います。

夏場の発汗作用が激しい時の運動などでも、足の痙攣が起きやすく、それだけでなく全身のイオンバランスが欠けてしまうと、さらに重大問題となります。

塩分を補給したり、スポーツドリンクを急きょ補給したりして、イオン不足を補います。

スポーツドリンクには、イオンに関係するミネラルが添加されている電解質ドリンク剤です。

このように電解質と筋肉とは関係が深く、私が夜中の筋硬直に電解質の液体を皮膚に塗布する意味もあるのかと思います。

ただ市販されている電解質スポーツドリンクを塗っても、駄目だと思います。

それは筋肉の細胞にまで届かなからです。

ところが天然電解質のフルボ酸が効果があるのは、皮膚からの浸透力です。

低分子のフルボ酸は、皮膚の細胞を透して、筋肉細胞の毛細血管にも浸透し、血管を弛緩することにより、血液循環を蘇らせ、筋肉の膠着を改善していると思われます。

その反応が速いのがこの液体の特徴です。

科学的なエビデンスはありませんし、私だけが密かに使用している、筋肉のしびれと痛みの特効薬ですので、あまり外部には宣伝しません。

ただゴルフ仲間の何人かには、ゴルフ疲れの筋肉回復には良いと教え、風呂上りに疲れたと思われる筋肉にぬれば、翌朝筋肉は快調で疲れは感じないようです。

勿論私も、ゴルフの後たくさん歩いて疲れを感じた後には、このフルボ酸は助け舟です。

そのゴルフを休んでいたこの冬、フルボ酸を足に塗らなかったからか、運動をせずいたので足の筋肉が活性を無くしたかで、夜中にこむら返りが頻発したのかもしれません。

さーそこで、1月26日よりゴルフをはじめ2月半ばまで3回行っています。

さいわいに夜中のこむら返りがでていません。

ただ筋肉の硬直は、歩きすぎ疲れすぎても出るようですし、さらに最大の原因、寒さと加齢は避けられません。

またいつ発症するか分かりませんので、枕元のフルボ酸だけは忘れずに用意しています。

初めてのアメリカ旅行と友人の認知症

〜名物旅行添乗員チンちゃんの思い出と現在〜
(人格が変わる認知症のこわさ)

私に「チンちゃん」と呼ぶ、現役時代は旅行社を経営した古い友人がいます、彼は私のことを「オーさん」と呼んで、気の置けない付き合いが、約50年続いた仲です。

このチンちゃんが残念なことに認知症になりました。

この夏の初め、現在福岡市に住む彼を訪ねたとき、私の訪問を大変喜び奥さん同伴で私を夕食に招待して頂きましたが、話す内容がちぐはぐとなり、辻褄が合いません。

「主人はアルツハイマーの前期です」

奥様にに告げられ、納得しましたが何となく寂しさがこみ上げてきました。

というのも、彼とは仕事の視察旅行を含め、何回も一緒にアメリカ、ヨーロッパ、アジア圏の旅をした思い出が沢山ありますし、また65歳すぎてからハワイ島西海岸のコナに居を構え、そこには私も数回訪問しゴルフも楽しんだなど話題にこと欠きません。

それらの記憶をたどっての話を繰り返し数々を語るのですが、その内容が混濁していて私の記憶と違い、返事に困りました。

「認知症」と呼ばれる病状の典型を感じながら、判断力の良さと機転の効くシャープな頭脳は、どこへ行ってしまったんだろう、という寂しさでした。


はじめて彼と会ったのは49年前、私が養鶏業を営んでいたとき、アメリカの養鶏視察旅行があり、それも私が輸入している雛を生産しているH社訪問を目的にしていたので、その企画に参加しました。

その折取引先の商社マンから紹介されたのが彼でした。

彼はこの旅行を企画した旅行代理店の営業マンで、このアメリカ旅行のガイド並びに通訳でした。

この時の互いの年齢は35歳、年齢も同じこともあり、一緒の旅行仲間ということもあって、仲良くなるのも時間がかかりません。

いまから49年前の1966年の話です。

そのころの日本は、敗戦から20年経過し、2年前には東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通もしました。

このように経済発展が飛躍的に拡大し神武景気と言われてた頃ですが、対米ドルに対する為替レートは、1ドルが360円の固定相場でした。

アメリカへの旅行も観光旅行が漸く許され始めたころ、ハワイ6日間のJALパック旅行で、36万円という金額、初任給が2万5000円時代ですから、かなり裕福な人でなければいけません。

「トリスを飲んでハワイへ行こう」こんな洋酒会社の宣伝文句が話題になった時代でした。

私たちは産業視察の勉強ツアーですから、旅券もすぐ取得し、旅行代金はアメリカ2週間の旅で円換算で60万円前後、円建てで国内で支払いましたが、そのころの所得水準から言えば高価な視察でした。

ただしポケットマネーとして持ち出せる手持ち外貨は、アメリカドルで500ドルまでと制限されていた為替管理法がありました。

500ドルは今は6万円ほどですが、そのころの感覚では現在の18万円です。

アメリカ10日間の旅行としては寂しく、もちろんクレジットカードの存在すらなかった旅行者にとって、闇市場でヤミドルを調達して用心のため余分に持って行ったものです。

アメリカはベトナム戦争の泥沼に引き込まれ、5年が経過し戦線は拡大しつつあるが、勝利にはほど遠くその戦費がアメリカ経済をむしばみ始めようとしていた頃です。

しかし訪れたアメリカ社会は、表面的にはまだ経済も社会も豊かさを保っていました。

私たちはアラスカ、バンクーバー経由でシアトルに入り、シアトル近郊の養鶏農場を手始めに、シカゴの養鶏展示会、アーカンソーリトルロック近くの孵化場、ワシントンDCから、ペンシルバニア州のランカスターのブロイラーインテグレ−ター、そうしてニューヨーク経由でニューハンプシャー州の片田舎にある、今回の訪問目的地の育種農場H社へと巡回しました。


ここに至るまでに、田舎者の10名の訪問団は、初めてのアメリカ旅行で勝手がわからず、珍談奇談の連続でした。(これらの物語は別の機会に紹介しましょう)

それを上手にまとめあげ、恙無く訪問目的の第一番のH社に連れてきたのもチンちゃんの手腕でした。

各訪問先の養鶏関係の農場や施設または屠場や孵化場は、このH社の子会社や関連会社などで、日本からの訪問使節団は珍しく、各地で歓迎され親切な案内とパーティーと夕食会の連続で、身体も胃腸もいささか疲れもしました。

到着したH社の育種農場のあるニューハンプシャー州のウォルポールは秋真っ盛り、美しい紅葉が澄んだ吸気の中彩りをさらに輝かせていました。

メープルシロップを採取するカエデの赤く染まった木々が点在し、生まれてはじめてメープルシロップとの対面もこの訪問でした。

遠い日本からのお客さん一行の到来ということで、H社の歓待も今までに勝るもので、これらの通訳もすべてチンちゃんが行っていました。

そのころは上手に通訳をしていると思いましたが、その後私も独学で若干英語に親しみ、チンちゃんにその時の会話内容を聞いたとき「わからない専門用語の連続で、ほとんど感で適当に話しました」とのこと、しかし日本の訪問団に気付かれなっかたのは、彼の臨機応変の要領の良さの現れです。

とにかく個性的な名物添乗員でした。


それほどシャープな頭脳の持ち主が、認知症という治りにくい病魔に侵され、昔の冴えた行動と判断力が失われ、話す内容のちぐはぐさを見て、この病気の複雑さを知ります。

私は夏の終わり、彼の生まれ故郷、長崎県の壱岐の島で再度面会をしました。

彼の奥さんも同じ壱岐の島出身、2人そろってよく帰郷をしているので、その折私に訪問してほしいと、何年も前からの誘われ、その約束を漸く果たした訪問でした。

「おれがオーさんを案内する」と活き込んでいた彼でしたが、昼食に少しアルコールが入っただけで「眠い」と座をはずし「いつもこうなのです」と奥さんの言葉によると病気症状の一端のようでした。

気持ちの中では訪問した私への歓待の意識は十分あるのですが、それが断片的に途切れるのか、腦細胞がその気持ちと行動を同一にさせないのか、昔の冴えた判断力で行動をした彼を知るだけに、私にとっては見ていてつらい気持ちです。

そんな彼を奥さんは「はい分かりました、無理しないでね」と決して彼の行動を束縛しません。

矛盾だらけの会話と動作に無理なく反応する姿を見て、この介護があって現在の彼の幸福度を垣間見ることが出来ました。

日本旅館に一緒に宿をとり、大きな風呂で彼と二人だけで入浴もし、その時はまことに正常で昔のチンちゃんと変わりなかったですが、ところが洗い場で何回も同じように体を洗うのを見て正常の中に異常を見る思いで「そろそろ出ようか」無理やり入浴を止めさせたほどです。

夕食をともにしながら、49年前のアメリカ旅行の思い出を話し合いましたが、時には私が忘れかけたような出来事を鮮明に記憶し、詳細を語ります。

と思うと急に、別の機会に訪問した韓国の話に飛んでしまい、私を戸惑わせます。

本来、アルコールは好きな方で、会話中焼酎の水割りを何杯も飲むので「少し飲みすぎですよ」と注意されると「オーさんと飲むのがうれしくて」と私との再会を強調して私を喜ばせます。

ただその酒席も長く続かず、「疲れた」と言って退席します。

同じ状態を持続することが苦手のようで「いつも自分勝手なの」と奥さんに言わせるような、それが日常の生活態度のようでした。

翌朝帰る私に「もう帰ってしまうのか」と残念がり「会えてうれしかった、またすぐ来てくれ、頼むよ」と別れを惜しむ彼を見ていて、この病気の複雑さと名状しがたい違和感を持つのも私だけでしょうか。

人間としての存在感と個性が失われ、人格が喪失してしまうようなこの認知症という病気を見るとき、どうしても憐憫の情が湧いてきます。

しかし、昔にチンちゃんを知るだけに、もう一度心から楽しいお酒を酌み交わしたいと思いました。

あとはただ、奥さん看護の適切さを得て、回復することを祈るだけですが、回復しないまでも病気が進行しないで、現状のままで元気でいることを願います。

こんな彼との思い出と健康を祈っているこの原稿を書いている今日、もう一人の認知症を患っていた友人の訃報の便りを、未亡人から頂戴しました。

認知症と認定されてから3年目でした。

認知症は死の病気ではないが、認知になったことで人間の本性、生きるという本質的なバイタリティーが失われるのか、まだ元気でいるものと思っていただけにショックでした。

最近この病気の話題を耳にすることが多くなりました。

平均寿命が延びたことが認知症患者を多く輩出しているのか、生活する環境と仕事の複雑さと疲れがそうさせるのか、私にはわかりませんが、たまたま私の知る友人たちは、仕事の第一線を退くと間もなくこの病気を発症しているケースが多いだけに、考えさせられます。

やがて近いうち迎える超高齢者社会、この病気が当たり前で珍しくなく、同病者同士が同じ施設で楽しみながら人生の終末を迎える社会になるかもしれません。

ノーベル賞と土壌微生物の価値

〜畜産動物の薬漬けを止めさせた生菌剤〜
(無限の土壌微生物は宝の山)

2015年度のノーベル賞、生理学・医学賞が日本の大村智(おおむらさとし)博士に決定し、生理医学では3人目の日本人受賞者となりました。

新聞、テレビなどを通じてご存知の方も多いと思いますが、この大村博士の受賞理由は、土壌微生物の放線菌を採取し、その菌が出す化学物質を薬品として同定し開発の端緒を作ったことです。

この薬品が、動物に寄生する原虫病被害と、人間に寄生し多大な身体的被害をもたらす寄生虫を防ぎ、寄生虫病撲滅に対する功績を評価されたものでした。

薬品名は「イベルメクチン(Ivermectin)」と呼ばれ、動物薬としては犬のフィラリヤ、馬、牛、豚の内部寄生虫駆除から、外部寄生虫のダニなどの駆除に、かなり長い間使用されています。

「この薬は効果があり長く使用していますが、日本人が発明した物とは知らなかった」

酪農家の一人は、英文名と輸入品であることから、外国の有名大手製薬会社の創作と思いこんでいたようです。

生産者だけでなく、この薬を取り扱う動薬販売業者の何人かも、日本人が開発したとは知らなかったようです。

私も大村博士のことは、寡聞にして知りませんでした。

しかし日本や世界の微生物学会や生理科学学会では有名人で、各国のアカデミー学術会議の分野での受賞歴も数多いようです。

ことに、今回の受賞理由の最大の功績、アフリカや南米などで流行した原虫による失明病の「オンコセルカ病」の対策で成功し、2億人以上の人命と失明を救った事実は、

「世の中に役立つ仕事を一つでも二つでもやりたいという研究心は、北里研究所の美学の精神で、それにより人々が救われることが何よりもうれしい」と発言しています。

こんな精神が、大村博士の心底に脈々と流れていることも、評価の対象になったのでしょう。


巷間伝わる話では、製薬会社からの特許使用料報酬250億円を、北里研究財団やご自分で開いた科学者を育てる学校設立に寄贈したり、薬品を低開発国に無料配布したりで、国際はもとより国内の社会環境や人類、学術、科学界に貢献している、崇高な精神の持ち主のようです。

受賞が決まった日に求められたコメントに、「土の中を探す泥臭い仕事でも、コツコツと細菌を見つけることにを精進したことを認められ嬉しい」

「微生物にはまだまだ分からないことが多く、その中には人に役立つものがいっぱいある筈だ。そう言うものに若い人も興味を持ってもらい、さらに研究が永続することを望む」と結んでいます。

多くの教え子のほとんどは、「普段は飄々として掴みどころがないが、本質は強い信念の人で、カリスマ性がある」と評価しています。

日本のノーベル賞受賞者の多くは、東京大学、京都大学、名古屋大学など、日本を代表する頭脳集団の組織からの排出者が多いですが、大村博士は地方の山梨大学出身、故あって北里大学で教鞭をとり、東京大学で薬学博士、東京理科大学から理学博士の称号を取得しています。

その後、北里大学で研究財団を作り、組織の学術面と経済面で安定させましたが、何れにしろ地方大学出身の学徒に変わりありません。

地方大学と言えば、翌日ノーベル物理学賞受賞した梶田孝明博士も埼玉大学という地方大学出身でした。

ただ違うところは梶田博士は東大の研究室で研究、カミオカンデという素粒子発見の壮大な設備の中で、宇宙からの降り注ぐニュートリノの物量を測定した実績成果に対し受賞したものです。

それに対し、大村博士は設備も装置も無く、金もかけずに土の中の微生物をひたすら検索、泥まみれになりながら今日の栄誉を得たことです。

ところでこの成功の陰には「無限に存在する土壌微生物」が陰の主役を務めたことを、私たちも知っておく必要があります。

いまさら申し述べる間でもなく、私たちが生活している土壌の中には、さまざまな微小生物や菌類が生息しています。

伝えるところによりますと、1グラムの土壌の中に、1億からの微生物が生息しているとも聞いています。

それらの微生物が、悠久の地球の歴史の中で自然を形造り、全ての生命体を育んできたのです。

私たち人類が生まれ、そして生命体が維持できたのもこの微生物のおかげです。

私たちの生活に密着している微生物の利用は、食品だけ見ても、味噌、醤油、酒、酢、漬物から納豆、ヨーグルト、チーズなど数えきれません。

またご存知の各種の抗生物質の多くが、この土壌微生物が発生する物質を利用して開発したものです。

大村博士発見のイベルメクチンは放線菌が出す物質を利用しましたが、同じよう放線菌からはストレプトマイシン、エリスロマイシン、テトラサイクリンなどの抗生物質、ブレオマイシンなどの抗がん剤もあります。

青かびから発見したペニシリンは、人類を感染症から救った薬品として、20世紀の奇跡でした。

このように微生物が私たち人間の健康を含め、畜産、農業、水産業の病原菌被害をいかに防御したかは枚挙にいとまがありません。

ただしこれらの薬品を、安易に大量に長期に使用した結果、病原菌に耐性ができ効果が無くなったり、食品に残留した薬剤が身体に影響する恐ろしさも危惧されます。

実際、大村博士開発のイベルメクチンも、使用量を間違え大目に使用すると、そのリアクションは大きく、死亡につながる怖いもののようです。

そのような傾向は、人間だけでなく畜産や農業の分野でも問題になっています。

薬付けの畜産経営、残留農薬汚染の農産物と言われて久しいです。

「豚肉も鶏肉も養殖魚も野菜も、危険がいっぱい心配で食べられない」という主婦からの苦情が後を絶ちませんでした。

その心配をなくすために私たちは、同じ土壌微生物を利用した、抗生物質に替わる善玉微生物の生菌剤(プロバイオティック)を開発し、数多くの畜産動物、水産養殖魚の病原菌感染症を防ぐことに成功しました。

抗生物質と違い、大量投与でも危害が発生せず、使用した畜肉や卵に残留もしません。

分かりやすく言いますと、私たちが日常食べている、納豆菌や乳酸菌の仲間を利用したものでもので安心です。

その結果、抗生物質では治らなかった病状までにも効果的であったと評価されました。

その効果の働きを簡単に説明しますと、我々の微生物が発生する物質、この場合は酵素が悪玉菌の細胞壁を溶かし、生存権を奪い繁殖を阻害する作用があったからです。

微生物は、自分の仲間を増やすために、いろいろな物質を放出して仲間(コロニー)を増やします。

中には他の微生物を殺して自分の仲間を増やす者も多くいます。

その一つが大村博士が発見した放線菌で、寄生虫の神経に作用して麻痺させたり、または線虫などの細胞壁に作用し、生命を奪うなどの働きをします。

これはある種の微生物が持つ先天的性質で、ある意味では個性と言えるでしょう。

こんな独特な個性のある微生物は、そんなに沢山あるものではありません。

土壌1グラムに1億も存在する菌を、何十回、何百回と繰り返し探索しても、個性的菌はなかなか見つからないです。

ただこんな無駄な努力を繰り返しているうち、偶然に珠玉の菌を発見することがあります。

これは努力というより幸運と言った方がいいでしょう。

ペニシリンもストレプトマイシンも、発見しようとした意識とは別の偶然が、大発明になったのです。

大村博士も「伊豆(静岡県)のゴルフ場の土壌の中から」と、発表してます。

もし博士が、ゴルフに行かなかったら、土壌に興味がなかったら、採取した土壌を分析しなかったら、分析した土壌に有能菌がいなかったら、今回のノーベル賞はなかったかもしれません。

まさに人生何があるか分かりません。運が良かったということでしょう。

さて私どもの生菌剤に話を戻しましょう。

この主要菌も土壌から発見したものです。

それも整備されたゴルフ場などではなく、荒涼としたシルクロードの砂漠の中からの発見でした。

真夏は70℃、真冬はマイナス20℃にもなろうとする、過酷な乾燥した砂漠の砂の中で、何千年も眠っていた菌かもしれません。

この菌は枯草菌と言ってカプセルに入っている芽胞菌で、発芽繁殖の条件が整わなければ、何年でも何百年でも耐え忍ぶことができる強い菌です。

この菌の発見者は、私の古い友人、台湾の資源微生物研究所の林慶福博士です。

シルクロードの観光旅行があり、その砂漠地帯に立ち入り、砂を持ち帰らなければ、この抗生物質の代替えの力を持つ生菌剤はなかったでしょう。

これも偶然であり、幸運でした。

この林博士も大村博士同様、土壌菌はじめ自然界に生存する微生物を沢山採取し、その中から珠玉の菌を発見し貯蔵、いまや合計で5000種類を超える有能菌をこの資源微生物研究所は所有しています。

それらの菌を利用し、人類の健康増進に寄与する物質の開発をはじめ、畜産動物の発育増進、有機農業を促進する微生物、環境整備、公害対策などに適応した物質を開発し、各分野に普及し幸運をもたらしています。

大村博士同様、日本の東京大学で学び理科大学で博士号を取得した、台湾を代表する微生物博士で、同時に酒造りの専門家でもあります。

もう20年前ごろでしたか、東南アジアと日本の養鶏産業のコンサルタントをしていた私は、あまりにも安易に使いすぎる抗生物質の危険性を察知し、林博士に安全な抗生物質に替わる製剤の開発を相談、手持ちの菌株の中から、シルクロード菌をふくめ複数の菌を選択、それぞれの個性を生かした、総合的能力を高めた製剤を作りました。

この製剤は目下日本をはじめアジア各国で使用され、薬を使わない畜産動物に愛用されています。

隠れた話と言えば、ペットや小鳥、観賞魚などにも最適と思います。

さぁこのように、私たちの目に見えない微生物は、いろいろな個性と働きを持っています。

林博士との対話でよく聞く話は、「まだ発見されていない微生物も多く、これまで利用された微生物はごくごくわずか、発見と開発は無限に広がっている」

「ただ微生物は良いものばかりではなく、病原菌もいます。またすばらしい能力を持ちながら増殖の時アフラトキシン(毒物)が少しでも出たら、使えない菌も沢山あります」と話します。

たしかに、人類、動物、植物の生命体を侵す病原菌は沢山あります。

これらの病原菌の大繁殖で生命を脅かされたり、大流行で多くの人々が死に、世界の歴史が変わった事実もあります。

このような悪玉微生物との闘いを人類は続けてきました。

その対策に有用微生物を素にした薬品を開発し、人類を病魔から救い、動植物の生存を助けました。

まさに微生物を研究し微生物の本質を知り、それに対応するために微生物を利用する、まさに微生物同士の葛藤の中から、科学の進歩が見える一面でもあります。

今回のノーベル賞も、その無限に存在する微生物との対話をされた大村博士のたゆまぬ努力を評価したものです。

このことは、全く同じ過程を実行し土壌微生物の隠れた力を引き出して、畜産動物の抗生物質離れを促進した林慶福博士の功績に対し、賞も報奨金もありませんし、無冠の成果ですが、世界が認めたものと私は見ます。

大村博士は80歳、林博士も81歳、同じ世代の微生物研究者ですが、林博士はまだ新しい発見と開発に心血を注いでいる研究の徒で、この若い部脳は現在、人の健康に寄与する大発明に取り組んでいます。

近い将来その成果を発表するときがあるでしょう。

成功を祈ります。

「夏バテ」は「秋バテ」を起こす

〜今年の猛暑は最多の熱中症を発症させた〜
 (快適なはずのクーラーが体調を崩す)


今年(2015年)の夏は暑かった。

その影響でこの夏は「夏バテ」した、その「夏バテ」が抜けきらないうち、
秋風が吹くようになってから、夏の疲れ以上疲労感があり、これが「秋バテ」
なのだと感じてる今日この頃です。

ところで今年の夏は、83歳の私が経験したことのない、最高の暑さだった。

東京での最高温度は8月7日の37.9度でした。

この温度が示すよう、夏に入った6月から9月の8日まで、
最高温度35度以上の猛暑日が11日間、30度以上の真夏日が47日間、
それらを合わせて25度以上の夏日の合計が104日間というからこれは驚きです。

まだ驚いてはいけません。

東京は東京湾という海を抱えているので、海洋の影響がありますが、内陸の
盆地京都などは最高気温が39.1度の日も含め、猛暑日が21日間、
真夏日が67日、これら合計の25度以上の夏日がなんと121日ですから、
4月5月から既に25度を超えた日が多かったことになります。

これはまさに異常です。

こんな蒸し風呂かサウナ風呂に、何日も入れられていたら、
健康な人間でもおかしくなります。

その証拠に、消防庁が発表した熱中症患者救助で救急車出動が近年では
最も多く、6月から9月4日までで熱中症で救出された重症軽症合わせ
59,006人にあがります。

6月以前を計算にいれますと6万人を優に超えます。

そのうちの1,000人以上の人が命を落としています。

このうち65歳以上の高齢者死亡が75%を超えますので、
老人ほどこの暑さに耐えられず、身体機能にダメージが出やすいことを証明しています。

その原因は代謝機能の劣化によるものです。

若い時は体温を一定に保つため、エネルギーを消費し発汗作用や呼吸作用、
血行促進などで体を燃やし体内の熱を放出しますが、
年齢を重ねるとこの機能の働きが鈍くなり、体に熱が溜り自律神経が乱れ、体温の上昇、
臓器への血流不振、多臓器不全などを起こした結果、発熱、頭痛、めまい、
手足のしびれ、四肢の痙攣、筋肉痛、硬直、こむら返りなど様々な症状も出ます。

問題はその結果、呼吸不全、血流不全から意識喪失し不帰の人となることです。

私も年齢的にはこの老人の仲間、当然代謝機能はご多聞に漏れず衰えています。

この体力低下を知り、気を付け無理をしないよう努めましたが、今年の夏はさすがにバテました。

暑さによる代謝不全もありますが、クーラーによる後遺症もあるのではないかと思います。

老人が室内で熱中症にはなり死んだニュースをよく聞きます。

クーラー使用がなく室温があがり、その原因で体温が上がり熱中症になったとあります。

本来クーラーが嫌いな私でも、そんなニュースが気になり、熱帯夜と言われた夜は、
就寝時でも部屋のクーラーをよく使いました。

タイマーをセットして睡眠開始1時間後、2時間後にオフになるようした
つもりが、翌朝まで運転され、その寒さで夜中でも目が覚めた経験が2、3度あり、
そんな日は何となく体がだるく感じました。

就寝初めの温度と朝の室温の差が10度以上で、
クーラーの風に一晩中さらされた後遺症でしよう。

身体を動かす昼間でも、外気温とクーラーの効いた室温の差が、
時によると10度以上の温度環境があります。

汗を流し暑さに耐えた体には、冷えた室温は天国ですが、
この温度環境の突然の変化は体にはどのように影響してるのでしょう。

ましてそんな温度変化状態を何回も繰り返す夏場は、体に応えないはずはありません。

これは巷間よく言われる冷房病(クーラー病)の引き金になります。

人間の体は暑さ寒さに対応するため、血管を弛緩させたり収縮させたりで、
血流の流れを調節して一定の体温を保つ働きがあります。

その機序をクーラーの温度が壊すことが冷房病です。

暑さで弛緩して汗をかかせた血管が、急にひんやりした温度環境に入ると収縮します。

そんな状態を繰り返すと、5度以上の急激な温度変化をコントロールできない自律神経が、悲鳴を上げます。

その結果、体は疲労感、肩こり、頭痛、神経痛、腰痛、下痢や便秘、女性は生理不順など諸症状が発生します。

ことに影響受けやすいのは、女性や乳幼児、それと代謝機能が衰えた高齢者です。

まさにこの猛暑の夏、高齢者の私もこの症状のはしりになったようです。

その結果はっきり症状に出たのは8月の終わり、
急激に温度が下がった日が何日か続き、
一遍に10月中旬の気温が来たときでした。

昨日まで35度を超える暑さの中で頑張ってきた体は、急激な冷えに耐えられず、
疲労感と頭痛、倦怠感とのどの痛み、鼻水があらわれ始めました。

軽い風邪の症状です。

寝込むほどではないので、職場には通いましたが体調は完全ではなくその
状態が1週間以上続いています。

気候は秋雨前線が日本列島に居座り、カラっと晴れの日が少なく、
そこへ台風が襲来し気温と気圧の乱れが気分も体も憂鬱にさせます。

さっぱりした気分になれないことが、疲労を呼びます。

その遠因は今年の猛暑と判断します。

まさに「夏バテ」が「秋バテ」を呼んでいるのです。

「夏バテ」後遺症です。

しかしやがてカラっとした秋日和の晴天が続く季節になり、
食欲の秋、馬肥える秋を迎えます。

そうなれば新陳代謝が衰えた高齢者でも、元気を取り戻します。

だがこんな異常な暑さの夏はこれで終わりではないでしょう、
来年も、再来年も、近い将来こんな調子が続くかもしれません。

地球温暖化が叫ばれています。

北極、南極の氷が解け、海面が上昇してる話は現実で、日本においても
農作物や果実の適温適地が北へと移動しているようです。

人間の「夏バテ」より地球が「暑さバテ」にならないことも心配します。



〜世界に通用するHACCP認証の取得〜
(安全基準の認証が取得されてない日本産食材の今日)

2020年7月、オリンピック、パラリンピック大会が東京で開催されますが、
メインスタジアムの設計デザインや、建設費問題などで、もめにもめて着工が
遅れ、2020年までに完成するのか、日本人の多くがやきもきしている
話題は広く知られています。

さらに大会のシンボルマークのエンブレムまで、急きょ変更する不手際は、
世界的に大恥かきです。

ところでこの問題の陰に隠れ、一般にはほとんど知られていない問題で、
開催までに解決しなければならない喫緊の事情がほかにあることをご存知ない人が多いです。

それは「食の安全」、ことに日本産の食材の安全です。

ところで「日本産食品の安全性が問題ですよ」といわれたら、多くの日本人は
「えー本当?日本産に限ってその心配はいらない」と即座に言い切るでしょう。

それだけ日本産の食材と食品に対して、日本人は暗黙の信頼があります。

「その証拠に、魚の刺身はじめ、野菜サラダでも、安心して生食ができるのは日本産だから」

「中国はじめ輸入食品は、どんな方法で生産されているか分からず、
実際に新聞やテレビで報道されている、輸入食品の汚染や毒性が大きな話題になるでしょう」

などと決めてかかります。

私も外国へのビジネス旅行含め訪問が多いのでわかりますが、
ほとんどの国で生食できる食材が少ないことは確かです。

ことに新鮮が売り物の魚介類は、まったく危なくて生では食べられませんし、
現地の人も生食は遠慮がちです。

そんな経験からも私は、日本産の魚介類はじめ、食肉、鶏卵、野菜類、米穀類の
安全については信頼しています。

ところが日本人の信頼とは裏腹に、いざEU諸国やアメリカなどに日本食品の
輸出しようとすると、そうそう簡単にはいきません。

それは、世界で共通する食品の安全基準の認証を日本の生産組織が取得していないからです。

これらの国際認証取得した食品は、それだけで安全性が担保されていると判断されます。

最近の話題ですが、今行われているイタリア・ミラノでの食材と料理の世界
博覧会で、日本館で出店する「和食(日本料理)」の調味料として使用する
「鰹節」が、イタリアの輸入食品の安全基準では輸入不可となり、
日本の関係者をあわてさせました。

最後は日本館で食べる和食料理のみということで輸入を許可されましたが、
「鰹節」だけでなく日本産の魚介類、肉や乳製品も輸入禁止のレッテルを張られました。

ご存知のよう、上等の「鰹節」は時間をかけて発酵乾燥させ、
青カビが生えることで熟成されうまみが増します。

その鰹節だしは日本料理の美味しさの基本です。

ところが、この青カビの中に発がん性の物質が微量に検出されたことと、
さらにこの製造会社がEUで承認された安全基準の検査をパスしていないことも、
禁止の条件の一つになりました。

他の日本産食材のいくつかも、EUが認める国際認証を取得していなかったことで禁止されたのです。


さて現在、欧米をはじめ食品の安全性には、厳しい検査の手段がとられるようになっています。

それはあくまで食品から起こる人体への危害防止で、病原菌による食中毒、
抗生物質や農薬などの残留による基本的健康被害、異物混合による危害
などを未然に防ぐ衛生基準です。

それらの方法は多くの国々で認められた標準的検査法を順守した安全基準や、
その国によって若干異なった基準による認証など、さまざまです。

産業すべてにわたる代表のひとつにGMP(Good Manufacturing Practice)
適正製造規範があります。

これは食品だけでなく、薬品や飼料、肥料などもGMPの検査基準取得する
ことが世界に通用する商品となります。

次に食品での認証機関を列記しますと、
ISO2200(International Organization of Standardization)
国際標準品質機構

GFSI(Global Food Safety Initiative) 
世界食品安全会議

FSSC22000(Food Safety System Cerfication) 
食品安全性システム認証

FSIS(Food Safety and Inspection Service) 
食品安全検査職務機能

IFS (Internationl Food Standard)
国際食品基準

SQF  (Safe Quality Food) 
安全品質食品

などが代表的なもので、さらに農産物に対しては、
GAP(Good Agriculture Practice)
適正農業規範

水産物に対しては、
MSC(Marine Stewardship Council) 
水産物職務評議会

森林資源などに対しては、
FSC(Forest Stewardship Council) 
森林職務評議会

などもあります。

アメリカの食肉基準は米国農務省食品安全局(USDA FSIS)と
食品薬品局(FDA)が管轄し、QAP(Quality Assurance Programs)
品質保証プログラムにのっとり、生産者から流通業者、末端の小売業まで、
徹底した危害を発生させない連携で、安全を保障します。

そのほか、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵、乳製品などそれぞれの機構が、
評議会で安全基準を設けて、消費者に安全を届けます。

カナダも同じよう、CQA(Canadian Quality Assurance)カナダ品質
保証機関とCFIA(Canadian Food Inspection Agency)カナダ食品
検査庁が一緒になって、食の安全を担保しています。

EU諸国も、いままで列記した検査機関が、食品から人間に危害を加える
病原菌や残留薬品のコンタミンを防ぎ、その中心にEFSA
(European Food Safety Authority)欧州食品安全機関が、
権威ある存在としてあります。

これらさまざまな機関が行う、安全対策の基本的方法は、すべて
HACCP(ハセップ)の手法で行っています。

いまさらHACCP(Hazard Analysis Critical Control Point)
危害分析重要管理点の説明はいらないでしょう。

これは世界保健機構(WHO)と食糧農業機構(FAO)の合同委員会
ゴ--デックス(GODEX)で1993年に作成された政府系の規格です。

発祥はアメリカ発の食品の安全を検査する手法で、人工衛星の中の食品が
病原菌に侵されないために考案された管理システムで、世界の多くの国の
食品生産に取り入れられ、またHACCP認証をうけた組織も増え、
食の安全に寄与しています。

そこで日本はどうなっているのでしょう?少し調べましょう。

日本の食品会社中50億円以上の売り上げがある、大手のHACCP
普及率は約80%にのぼりますが、実際に食を支えている中小の食品関連
企業のHACCPの普及は27%程度です。

まして最前線の、農作物、畜産物生産、水産物を捕獲販売している企業
での普及率は少なく、さらに生産現場に密着した農産物や魚貝類加工業者も、
HACCPを取り入れ作業を行っているところは稀でしょう。

まして先に書いた、ISO、GFSI、FSSCなど世界に通用する
認証を取得しているところは数えるほどと思われます。

ミラノで輸入禁止になった鰹節生産者がその一つではなかったかと危惧します。

というのも日本産の食品は、ほとんど国内で消費され、
輸出する発想が少なかった過去があります。

ご存知のように、日本の食糧自給率は40%以下で、
輸入食品の品質に対して関心が向いていましたが、
日本産を輸出しようという発想はかなり脆弱で、
また価格的に無理だろうと積極的ではありませんでした。

まして安全性に対しての、国際安全基準の認証が取れていたか否かに、
日本の中小食品会社ははあまり神経を使いませんでした。

同じアジアの国々の世界認証を受けている組織を比較しますと、
EU向け認証(HACCP)を取得している数は水産関連だけで中国680、
ベトナム460、韓国84、日本はたったの40です。

この事実を見ても、水産国日本の輸出マインドが低いことがわかります。

また多くの消費者は、賞味期限と消費期限、あとは原産地に関心があり、
安全認証を受けているか否かを、購買の基準にはしていませんでした。

消費者に関心のないものは、生産者もあまり気にしません。

新鮮なことと、丈夫に育った美味しい農畜水産物であったら、
それが安心と思っていました。

ましてHACCPやISO22000,FSSCなど関心の門外漢でした。

こんな消費者と生産者の考え方は、世界を相手に食品の生産販売を目標に
している国々とは、自ずから生産の目的が違います。

日本だけで通用する産業は、まさにガラバコス諸島の限られた遺伝子のみで生育した動物のように、
固定化しその環境にしか適応しない産業になったのです。

さてそこで、オリンピックでの日本の食品に対する心配に戻りましょう。

オリンピックは世界中からアスリートが集まります。

そのアスリートたちの食はまず安全でなければなりません。

食中毒菌のサルモネラ、カンピロバクター、病原性大腸菌、リステリア、
ビブリオなどが発生し、競技に参加できない選手が出たら、
まさに国辱的問題で、もってのほかです。

それには、これらの危害に汚染されないようなシステムの構築が必要です。

それがHACCPのシステム導入で、危害が減少されるとしたら、
この導入は喫緊の課題となります。

今回厚生労働省は食の安全のため、HACCP実行に対して積極的に
取り組み、普及推進を図ることになったのも、
オリンピックという国際的イベント成功という目的が大きな引き金になったようです。

勿論現政権の安部内閣の目玉「アベノミクス」の第三の矢、産業の発展に寄与し、
日本食品が輸出産業になることも狙いのひとつでしょう。

その手段として食品生産施設のHACCP導入は義務化されるようです。

規模の大小を問わず、すべてがHACCP認証組織になることが義務化
されると、畜産物生産の場合、処理場や加工場だけの問題でなく、
生産段階の動物の健康と病原菌汚染を防がなければなりません。

義務化は罰則規定も考えられます。

もしHACCP認証農場組織から、病原菌汚染の食肉や鶏卵が搬出され、
それがオリンピック出場選手の体調に問題を起こした場合、
日本の国際的面子は凋落します。

当然危害を防げず、汚染食肉を搬出した企業は罰則の対象になります。

さぁ大変です。

この義務化が徹底する間、産業は大きく姿を変えるでしょうし、
畜産や農業に使用される種畜や種苗、飼料や薬品、肥料や改良剤、
すべてがHACCP、ISO、GMP、GFSI、GAPなど、
いずれかの認証を取得した施設から生産されることが要求されます。

認証だけでなく、実質的に危害が発生しない食品を農場段階から作らなければいけません

それだけにこの認証を取得するには、当然コストがかかります。

そのコストを捻出して、企業として前向きに取り組み、永続を考える人と、
費用捻出に耐えかねてリタイアする企業との明暗がはっきりするでしょう。

同じように、全ての食品に認証マークが添付されると、
消費者の意識も変わるかもしれず、
輸入食品を含め商品グレードの革命と競争が始まります。

もっと激しく言えば、食料卸問屋から市場、町の食料品小売店、
レストランからラーメン屋まで、HACCP認定の必要性を迫られます。

果たしてどこまで徹底するか、5年後のオリンピックまでにやらなければいけません。

これから日本の食は大イノベーション時代に突入します。

さてさて安全安心を求めることを、口では簡単に言えますが、
大変なエネルギーとコストがかかることを承知しましょう。








五月病

〜木の芽時に出る一過性の精神不安定症候群〜
(真面目で責任感あり、几帳面で繊細な人が)


日本には長くまとまった休暇が、カレンダーを見ますと二回あります。

新年を迎える12月末から1月3日までの6日間と、4月の29日
(昭和の日)から始まる「ゴールデンウイーク」と呼ばれる連休です。

ことに5月の連休は、上手に有給休暇を取れば、サラリーマンは今年
(2015年)などは8日間から12日間も休めます。

こんな長い休暇を取って旅行をしたり遊んだり、または家でのんびり体を休めますと、
休暇が終わったあと、生活のリズムが狂い、仕事に従事しようとすると、
やる気がなかなか出ず仕事がおっくうに感じる人がいるようです。

新年の休暇ではこんな気持ちになる人は少ないが、5月連休後には多発するようです。

こんな無気力症候群を指して「五月病」と下世話言葉で呼んでいます。

「どうも体調がおもわしくなく、やる気が起きず疲れやすい」

なかには、吐き気、めまい、耳鳴り、動悸、冷や汗、体が冷える、
手足が冷たい、足がだるい、下痢と便秘、食欲不振、寝汗などなど。

こんな症状を訴える人が、ことに5月に多くなるようです。

ということは、5月に体調不良と、無気力症候群が多発する何か
特別要因がある筈です。

昔から山々や田園が新緑に燃えるこのころ「木の芽時(このめどき)」の
季節と言い、精神状態の不安定で、気が変になる人が出ると言われていました。

精神の不安定が季節的要因だとしたら、春先の3月から4月。
そして5月初旬まで、気候の変動が激しく冬の寒さと夏の暑さが1日おきに
やってくるような、寒暖差の激しい季節が続いたことにあるようです。

この変化に体が対応できず、知らずの内に体調不良、自律神経に乱れが
生じるのが一つの原因のようです。

精神的の緊張は交感神経の緊張であって、交感神経の緊張は血管の収縮を
呼び、血管の収縮は血圧上昇となり、血圧の不安定は細胞活性の不順となり、
細胞の不活性は老化となり、さらに体調不良と精神不安定を倍加します。

さらに加えて、3月から4月にかけて日本では、新旧が交代する年度末と
初年度が重なり、入学進学、卒業就職、入社退社、転職転勤、転居移動、
昇進降格など、大きな生活の変化が起きる季節です。

この生活の変化や転機も、精神的動揺を起こす事柄で、喜びと悲しみ、
希望と不安とが入り混じり、誰でもが神経を高ぶらせる季節です。

この緊張感が、疲れとなったり、重荷となったり、または期待外れとなったりしまうと、
交感神経の働きが活発化し、精神的不安感となり心のバランスが崩れ、
中にはうつ病的な症状になる「適応障害」と言われる、病気になります。

また新年から4か月過ぎ、冬の寒さの中、頑張った肉体と精神が疲れを
覚えてくる頃、気候の変化や生活環境の変化など、2重3重の変化が
重なりそれに対応できず、心と体がギブアップします。

これらすべての症候群を「五月病」と称するようです。

このような神経の疲れは、真面目で几帳面また責任感のある人が多く
感じるようで、中には一所懸命に仕事をやり終え、目的を遂げた達成感が、
次の目標を失って鬱になる人もいると聞きました。

逆にちゃらんぽらんでいい加減な人間には、精神的負担と緊張が少ないようで、
気候の変化も職場の変化も気にならないようです。

それゆえ「五月病」ははたから見ると
「なぜ5月になると体調がすぐれないの?」と疑問を持たれます。

「季節は暑くも寒くもなく最高で、仕事もスポーツもレクレーションも
快調な時なのに」誰が見たって不思議です。

しかし現代人は、世の動きが目まぐるしく、刺激と情報が多すぎ、
それに対応しきれない人も多く出るようです。

対応できないと、世の動きから逃避したくなります。

また無関心でいることが心の安定となります。

そうなると一種の引きこもり症候群で、社会性を失い精神的に不安定となり、
一種のうつ病となりますが、そんな現代社会だけに「五月病」も多く出るのでしょう。

やがて気候にも慣れ、生活の変化も適応でき、疲れも取れればいつの間にか
「五月病」症候群から抜け出し、肉体も精神も立ち直ります。

ある笑い話ではないが「五月病は6月になれば治る」が定説のようです。

わたしは幸い「五月病」は過去も現在も感じたことありません。

ずぼらでいい加減な怠け者で不真面目だからでしょう。

いずれにしろ83歳の今日まで元気でいられたことの感謝してます。

そんな感謝の気持ちが、精神も肉体にも良い影響を与え「五月病」も忘れていると思います。







歯の健康

〜80歳で20本、自分の歯を残そう〜
(全ての健康増進は歯の健全から始まる)


「80、20運動(ハチマルニイマル)という言葉を知っているか」

先日、同年代の仲間4人で夕食を食べていたとき、友人の一人が突然こんな
質問を投げかけました。

「80歳で20本の歯を残すことだろう」

私が答えます。

というのも、今月になって通院している歯科医と話したテーマで、80歳に
なっても20本の自分の歯が残っているようにしたいが、
達成することの難しさが話題になったのです。

何故歯医者に通うかは、歯が悪いからです。

数年前に治療した上顎と下顎の部分入れ歯(義歯)の金属部が折れ、
また時間変化で退化してしまい、咬み合わせがうまくいかず歯茎が痛み治療に
通わざるを得なくなったからです。

間もなく矯正治療も終わり、新しい入れ歯が出来ようとしている最中です。

歯医者との会話の中で「あなたは80歳すぎても自分の歯が沢山残って
いる方ですよ」と、80歳20本の歯が残っている状態に近いことを
褒められたばかりでした。

ところで私自身は、歯が立派と思っていません。

子供のころから虫歯の痛さに悩み、青壮年になってからも、歯医者通いが
日課のような時期があったことを記録しているから、そもそも歯は悪いものと認識しています。

さらに65歳の時、腹部の手術で45日間入院、1週間以上点滴ですごし、
その後傷んでいた奥歯が数本一遍に抜けた経験もあり、歯は不健康状態で
悪いとの思い込みが私を支配していただけに、医者の褒め言葉に違和感を覚えました。

「確かに80歳の時は20本あったが、その後2本抜けたので現在18本のはずだが」

「80歳で20本残すことが、歯の健康の目標ですからあなたは良い方です。
日本人の平均は80歳になると10本以下ですよ」

「ここへ来る患者さんも同じ傾向ですか」

「そうですよ、80歳前なのに総入れ歯の人もいます」

そんな会話の後、ハチマルニイマル(8020)という言葉が気になり調べますと、
厚労省のホームページにも8020運動の趣旨と、歯の健康は肉体の健康となり、
さらに腦の活性化につながるとし、歯の大切さと抜歯しないような生活習慣の衛生観念を案内しています。

この運動は平成元年(1989)から始まったもので、生活の質を高める
QOL(Qualtiy of life)運動の一環で、厚生省と歯科医師会双方の提唱で発足したようです。

この運動以前の実態は80歳で平均8本、60歳でも17.8本という数字でした、
そこでこの運動により60歳で24本以上、80歳で20本を達成する目標としました。

この運動は、幼児、児童など幼稚園、小学校時代からの教育と、歯を大事に
する習慣をつけさせ、さらに医療検診などから始め、歯科医、一般の医師、
薬剤師、保険医、街中の薬局、歯ブラシ、歯磨きペーストなどのメーカー
など、機会あるごとに大衆運動として、歯の衛生と健全化を謳ったキャンペ--ンでした。

その結果75歳以上の統計ですが、20本以上健全な人の割合が1998年に
10%だったものが、2011年には37%まで改善されたようです。

ただし歯の欠落は年齢とともに急激に進むもので、85歳以上ですと60%
近い人が総入れ歯になっているようです。

50歳を超えると、平均2年か3年に1本の割合で歯が失われているようですが、
75歳からの歯の劣化がことに著しいと言えます。

私自身がその年齢以前に下顎の奥歯を失い、左右にまたがる部分入れ歯となりました。

その後70歳後半に上の前歯が突然に折れて、それをカバーするために、
上顎にもブリッジの部分入れ歯が入るようになり、その都度歯科医通いが
増えるのも仕方ない時を過ごしています。

「歯医者と眼医者と仲良くなりましたよ。
勿論主治医の内科医は月に一度は訪問してます」

年齢を重ねるごとに、医者通いが多くなるのは、長い人生を歩いてきた証左ともいえます。

ご承知のよう、歯は一度失うと二度と戻らない体の一部ですが、
幸いなことに人工的な義歯で代用できます。

ただ、人工的な偽物の歯はやはり自然体ではなく、違和感があり、
また食事の内容にも変化が出ます。

私は総入れ歯ではなく部分入れ歯です。

残っている歯を土台にし、金属と硬質プラスチックで喪失した歯型を作り、
橋渡しにはめ込んだ部分入れ歯と言われるもので、上下の歯に装填しています。

これがなかなかしっくりいかず違和感があり、慣れるまで少し時間がかかります。

当然硬い食べ物は苦手で、柔らかな食べ物に偏り、豆腐はいいが硬いせんべいは苦手です。

咀嚼がうまくいかないと味覚も変化し、唾液の量も減り、言語の発音も発語にも若干影響します。

ことに口の中は敏感で、少しの異物でも咀嚼時に違和を感じ、
嚥下しないような対応しますが、それも鈍感になる危険もあります。

そんな理由で歯は、健全な肉体を維持する第一条件となるのです。

歯が失われる原因の多くが「歯周病」で80%以上のようです。

またカルシウムが溶解される虫歯菌のミュータンス菌によるものです。

ことに青壮年から歯周病菌は、歯の根元の歯茎の中に住み着き歯垢を作り繁殖し、
歯を定着する根元の歯肉を腐らせ、痛みから出血さらに口臭の原因ともなります。

この歯垢(歯石を含み)の中には、歯周病菌が1ミリグラム中10億からの菌数が生息し、
たちまち歯の土台と歯のエナメル質象牙質を分解溶解します。

生活習慣と密接な関係があり、飲酒、喫煙、暴食肥満、甘味過多、偏食など
様々な習慣と、歯の手入れが悪いと歯周病は発生しやすくなるようです。

対策は口腔衛生で、歯磨きの励行です。

各食事ごとと就寝前、一本一本丁寧にフッ素化合物入りの歯磨き剤での
ブッラシングが効果的なようです。

フッ素は元素の中でも活発な物質で、オゾン層破壊で禁止になった冷蔵庫の
冷気触媒フロンガスもフッ素ですが、有機化合物には厨房器具のテフロン
加工のフライパンなどもあります。

練り歯磨きペーストに使われるフッ素は、フッ化ナトリウム水溶液で、
象牙質を丈夫にし虫歯予防効果が検証されています。

ですから市販されている歯磨き剤は、ほとんどフッ素化合物入りで、
主体になっているものは研磨剤のリン酸カルシウム、あるいは炭酸カルシウムです。

ところでフッ素は緑茶にも含まれていますので、お茶を飲む習慣の日本人は、
自然に歯の予防もしていることにもなります。

とにかく、歯の有難味がわかるのは、歯を失ってみてからです。

生活の質を高めるためにも、また健康な肉体を維持して、
ボケ老人にならないためにも、虫歯予防を心掛けましょう。

80歳で20本の歯を残す、この心掛けが長寿の第一歩です。

頑張りましょう。

世界の食肉、鶏卵はどう変わるか

〜家畜福祉のアニマルウェルフェアの流れ〜
(世界最大の畜産展示会VIV ASIAに出展して)


2015年の3月10日から14日まで、私はタイのバンコクに滞在しました。

2年ごとの開催される畜産と水産養殖の展示会「VIV ASIA」が開かれ、
私達も今回は3回目の出展、3日間多くの外国人と接し、忙しい毎日を過ごしました。

ご案内のよう世界的に経済が活発化し、食生活も変わり、
動物タンパクの需要が高まり、牛豚鶏肉や鶏卵など生産量もそれに伴い拡大、
そんな情勢が如実に現れた展示会で盛況でした。

ましてアジア全体の人口と家畜の頭羽数は、世界全体の60%以上、
それゆえ展示会への出展に期待をかける関連産業の意気込みもおのずから違います。

主催者の発表によりますと、出展者は874社、前回より178社増加しているようで、
この展示会の効果が評価されての出展が多くなっていると思われます。

その中で、世界最大の人口を抱え、経済発展著しく、家畜の飼養頭羽数が
世界一の中国からの出展者が最も多く140社、地元のタイが84社、
その他ヨーロッパからはオランダ、フランスが多く、
今回はアメリカと韓国が目に付き、残念なことに日本からの出展は少数です。

来場者は3万人を超え、出展者の担当を人数に加えると、
3万5千人以上の畜産関係者が集まったことになります。

来場者の顔ぶれも、開催地のタイは勿論多く、それに次いで西アジア、
中近東、アフリカからの見学者が目立ち、中国、韓国ベトナム、フィリピン、
マレーシア、インドネシアなどアジア系の国々を圧倒してました。

そのなかで日本人の姿がさびしいのは、日本の畜産が午後の産業となり、
伸長が止まっていることを表す一つの現象かもしれません。


さて今回、展示各社の意識の違いを、過去3回出展した私の目から見て、
大きな変化を感じたトレンドに二つ気が付きました。

一つは家畜を飼養する環境改善、
もう一つは疾病対策への抗生物質から代替物質への移行です。

ご存知のよう現在、家畜を飼育する環境は、
効率と利益率追及に焦点があてられており、
家畜動物が快適な過ごすには過酷と判断すせざるを得ない、飼育条件かもしれません。

また過酷な環境が生んだ疾病対策には、抗生物質乱用で対処し、
中には成長促進用の抗生物質漬けの飼育法が当たり前でした。

この家畜を飼育する環境を人間本位の発想でなく、動物の生理を考えに入れた
快適環境と、薬漬け疾病対策を変えようと言う意識が、
今回の展示会で強く感じたことです。

ことに家畜を飼育する施設は、動物の生理を考慮した環境を作り、
気持ちよく卵を産ませ、肉を生産し、
子孫を繁殖させようとする飼育法と施設のモデルが展示されていました。

言葉を変えて言えば「家畜福祉」「動物愛護」の意識が大きくクローズアップしたことです。

この気運と運動を「アニマルウェルフェア Animal welfare」として
世界共通の言葉にもなっています。

「アニマルウェルフェア」の定義は、動物を
1)飢餓と渇きから自由に開放
2)苦痛、傷害または疾病からの自由
3)恐怖および苦悩からの自由
4)物理的暑熱の不快からの自由
5)正常な行動ができる自由
となります。

卵を生産する鶏を例にとれば、現在の飼育環境はワイヤーケージ(金網の箱)の
中、1羽1羽区画され、1羽あたりA3の用紙一枚ぐらいの面積の中で、
自由が奪われ、自動で送られた餌を食べ水を飲み、前に傾斜した金網の上で産んだ卵は、
自動的に前に転がり、ベルトコンベアーで卵処理工場に運ばれ、
そこで10個づつ自動パックされます。

排泄した糞はベルトコンベアーで舎外に運ばれ、その糞は発酵され堆肥になります。

鶏舎内の明かりは、現在はLED照明で昼夜点灯され、
その光で餌を食べ水を飲み卵を産みます。

それゆえ鶏は太陽の光は生涯知りませんし、土の上を歩いたこともなく、
金網の上で一生を終えます。

空気は換気扇で送られ、鶏舎内の温度により空気量と風速はコンピューター管理されます。

このように自動化、機械化された鶏舎は、極端に人力を省力し、餌の量から
水の量、空気の容量まで合理化されています。

無駄のないコスト削減が最大の目的で、なおかつ人工的に鶏の生理に合う
ぎりぎりの環境と餌の量を計算し、最高の産卵を求める、これが近代養鶏法です。

そのおかげで「卵は物価の優等生」とも褒められてもいますし、
糞と隔離されまた土を踏まないので、病気感染のリスクは少なく、
卵の汚染ががなく衛生的で、密閉された鶏舎は野鳥や野ネズミの侵入危険も少ないので、
流行の鳥インフルエンザ対策にもなっています。

ただし誰が見ても、合理化という名のもとに人間本位で作られたもので、
鶏は自由に羽ばたくこともできず、福祉と愛護からは遠いところにあります。

さて、このアニマルウェルフェア運動の起こりはヨーロッパから1960年代に
始まり、いまやその普及率はEU全体に及び、各国は法制化されているところもあります。

理想の鶏飼育環境は、土の上と太陽の下で飼育し、
1羽最低1平方メートルの面積をもち、自由に行動できる環境を示唆しています。

ましてケージバタリーに1羽づつ閉じ込める飼育法は禁止で、
野外の太陽光の鶏舎でなくても、屋内人工光線鶏舎でも、
鶏が自由に行動できある一定の面積を持つ飼育環境なら許可されます。

旧来のケージバタリー飼育では立体式で、5層6層にケージを積み上げる鶏舎もあり、
土地の有効活用ができますが、平飼い方式では飼育羽数は少なく、
鶏舎1棟あたりの収容羽数も5分の1以下で最大では10%以下になりますが、鶏は快適です。

ただしすべての面でコストアップとなり、卵の価格は高くなるのは止むええません。

最近のニュースを例にとると、アメリカのカルフォルニア州は法律で、
ケージバタリー方式の鶏の飼育は禁止、またその卵の販売を禁止したため、
カルフォルニア州の卵は12個1ダース当り日本円で280円と高騰し、
カルフォルニア以外の卵価格は1ダース180円と100円の開きとなりました。

ただしこの高い価格でも、鶏にやさしい環境になればその価格を受け入れる住民が多いと聞きます。

このように動物福祉、アニマルウェルフェアに賛成する傾向を見ますと、
文化、教養、知識が進んだ国で、経済的にも政治的にも安定し、
さらに宗教的な考えも影響する欧米社会のようです。

このアニマルウェルフェアの波は当然日本にも波及し、農水省はじめ養鶏、
養豚の産業人の間で検討が行われています。

ただし日本の消費者の意識の中に、畜産動物の福祉的な環境整備に関心を持ち、
動物本位の飼育形態を作るべきとする消費者運動が起こりにくいのではないでしょうか。

一つには卵を除いて、牛肉豚肉鶏肉の多くが輸入肉で、輸入原価が安いことは、
輸出国でもアニマルウェルフェアで生産されてない肉ということになりますし、
まして消費者サイドから見れば安くておいしくて安心安全が担保されれば、
それで十分との考えがあります。

さらに効率と合理化経営などの緻密な飼養法の開発は、日本人の得意とするところで、
地価の高い日本で、一単位の面積でどれだけ高い生産量を産出するかが、
利益の分岐点にもなっていることです。

自動化、機械化、コンピューター管理の飼育法が価格の安い卵を作り、
糞との隔離は衛生的で生食をする日本人が安心できます。

そんなこんなで、世界先進国の潮流に迎合し、
為政者が法律で家畜の環境改善を制定しない限り、
日本ではアニマルウェルフェアは生産段階からは起こりにくいでしょう。

ただし、薬漬けの疾病対策にはおおくの消費者は大賛成でしょう。

化学薬品メーカーはおおむね大企業、政治的なパワーも強く、
畜産国のアメリカでも薬規制の行政指導がやりにくい傾向でしたが、
消費者サイドの要望が残留薬品を嫌い、ことの抗生物質離れの流れが出来つつあります。

このトレンドがはっきり表れたのが今回のVIVアジア展示会でした。

この流れについては次回にお送りします。



グローバル時代と留学生

〜日本に留学して感じたグローバル化の発表会〜
(上手な日本語を駆使して話す若い国際人)


「グローバル時代の中でどのように生きるか」

こんなタイトルで、日本に留学している男女7人の学生に、
意見を発表してもらう会合が「NPO法人アジアの新しい風」の主催で開催されました。

「グローバル化の時代」こんな言葉を最近よく聞くようになりました。

それだけ、世界が地球が一体化し、国境がない世界にしようということなのでしょう。

どんな国でも場所でも、どんな人種でも言語でも、どんな生活習慣でも宗教の
違いでも、同じ人間同士だから交流を重ね理解しあい、地球人として友好を
築き上げることが必要だ、こんな理念から出発している概念だと思います。

大変理想的で、この概念に反対する人は少ないでしょうが、
本当のグローバル人間を作ることは果たしてできるでしょうか。

こんな疑問に答える発表会であり、それも日本に留学している若者(学生)に、
この概念を語らせる試みはある意味では興味があります。

最も彼等や彼女たちは、母国を離れ言語や生活習慣の違う日本で、
それぞれの分野の勉学に励んでいるのですから、
すでにグローバル化を実践している人間の一人と言えるでしょう。

ことに今回このテーマで、自分の意見と考察を巧みに編集したパワーポイントで
発表できるのは、かなり優秀な留学生かもしれません。

その多くが日本に留学してから1年目、2年目の学生達なのに、
流暢な日本語を駆使し、歴史的な事実と比喩、さらに冗談とをまじえながら、
自分の考えをわからせようとする努力に敬服しました。

「グローバク化のスタートは多言語を理解すること」

ある学生の意見の中にあった条件ですが、これは基本的な国際人としてのスキルかもしれません。

まず言葉があってお互いの意志が通じ、人格が理解し得るのです。

この学生は母国語と日本語をすでにマスターしていますので、
国際人としての基礎を習得してます。

このように若いうちから、多言語に接していくことが、
グローバル時代の重要な要素かもしれません。

しかしなかには「言語は単なる道具であって絶対条件ではない」との意見もありました。

「言語より大切なことは心で、お互いの人格と品位を重んじることができて、
本当の交流ができる」との考えです、これは最も大切な理念かもしれません。

ところが「言語は大切で、なかでも英語は国際共通語ですので、まず英語を
マスターし、そのうえで他の言語を習うことが、グローバル化には大切」
と現実的な考えもあります。

「もっと大切なことは、意識と心です。その国の価値観と文化を受け入れこと」

「異文化の理解と異文化とのコミュニケーションができること」

「自分のスキルと専門知識を持つこと、知識や経験は言語を超える」

「自然科学や化学、電子工学などの研究は、
テーマや目標は共通でグローバルなもの」

「グローバル人間には包容力と自己責任と使命感が必要」

「育った自分の国の歴史や文化をしっかり知ったうえで、
他国の文化や歴史を理解しなければいけない」

などなど、哲学的観念論から、今行っている研究課題などから、
現実的なグローバル化の概念を語ってもいました。

たしかに同じような研究テーマの真理は一つでしょうから、その研究を通じて
世界の人々と交流することは実際的です。

また面白い比喩も沢山あり、中国からの留学生からは

「歴史的に日本のグローバル人間のはしりは、遣唐留学生の阿倍仲麻呂
(あべのなかまろ)で中国語は勿論、そのころの中国(唐)の政治の高官としても活躍もした」

阿倍仲麻呂の名前は今の日本の若者も知らないかもしれません。

西暦700年代の中国への留学生で、百人一首の中の有名な
「天の原、ふりさけ見れば春日なる、三笠の山にいでし月かも」の和歌があり、
中国では有名な詩人李白や王維などとの親交がありました。

この留学生は、この歌も口ずさみ中国と日本の交流を図った国際人として評価もしました。

厳しい話としては、現地の日本の会社に勤務し、
日本語通訳をした経験をもつ留学生からは

「日本人の上司が日本の習慣と考え方、仕事のやり方を強要し、私たちの国の
価値観を否定し続けていて、英語も現地語も話せず、多くの現地人と
コミュニケーションができなかった。これは国際社会で通用しないと思った」

「香港の映画俳優ブルース・リーはグローバルな人間、
伝統的な中国武術を世界に知らせた功績」

「日本の男性アイドルグループの嵐は、日本を代表するグローバルグループ、
その証拠には多くの外国の若者の心を捉えフアンを増やした。
日本の首相は知らないが嵐は知っている」

このアイドルグループ嵐の名は、世界にこのグループ名を「嵐を巻き起こす」
勢いで有名にする目的で、付けたと聞きますので、留学生の話題に出たように、その目標は果たせています。

現実の話とすれば、人間のグローバル化より、このような歌や音楽、
スポーツや映画、ファッションや食べ物(日本料理)などは、自動車や電気器具やカメラ
などとともに、国境がなくグローバル化への道は早く実質的だ。

今回の留学生の話にも多く出てきた、日本のアニメや漫画は、
グローバル化の先端ポップカルチャー(pop culture)でしょう。

宮崎駿のジブリの世界、ドラえもんやワンピースなど漫画を見て、
日本語に興味を持ち、さらに日本文化を知りたくなり、留学のきっかけを作っています。

このように、人間の交流も大事ですが、その国の文化や言語を知らせるには、
歴史的な伝統芸術文化より、大衆向け文化(ポップカルチャー)の方が影響力が大きいです。

多くの国の大衆の中に、これらのアニメや漫画をまねたコスプレ、
さらにゲームソフトからゲーム機、やがてスマートフォンのゲームなど、
オタク文化を根付かせ、それが日本と日本文化を知るきっかけになり、
日本旅行から日本人との交流に発達する、それが実質的なグローバル化の早道かもしれません。

「中国にいるとき知っていた日本国が、留学して知った日本国とは違うことを
知ったのもグローバルな知識です」と発表した中国の留学生もいました。

こんな話や、グローバル化へのヒントをたくさん与えてくれた、日本へ留学
している学生たちの意見発表会でした。

ちなみに発表者の国籍は、タイ、ベトナム、中国でした。

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